運転士も顔負け!?鉄道の自動運転 「鉄道なにコレ!?」(第6回)

By 大塚 圭一郎(おおつか・けいいちろう)

JR九州が香椎線で自動運転試験に使っている蓄電池車両「DENCHA(デンチャ)」=2019年12月28日未明、福岡市で筆者撮影

 自動車で注目を浴びている自動運転技術が、鉄道でも急速に開発が進んでいる。JR東日本は東京都心部の山手線で試験を進めており、常磐線各駅停車の綾瀬(東京)―取手(茨城県取手市)間で2020年度末をめどに実用化する。JR九州も昨年12月23日に福岡市内で走行試験を始め、報道陣に公開した際に同乗した。(共同通信=大塚圭一郎)

 ▽香椎線が国内初事例も

 運転席の速度計といった計器類の上にある二つのボタンを男性運転士が同時に押すと、列車が動き出した。スムーズに加速し、次の駅に近づくと自動的に速度が下がった。運転士が加速とブレーキに使う運転用のレバー「ワンハンドルマスコン」に触れていない代わりに、緊急時の停止ボタンに手を添えているのを見ていない限り、普段乗っている手動運転の列車と判別するのは困難だ。

 昨年12月28日未明、香椎線の福岡市内にある香椎―西戸崎間で自動列車運転装置(ATO)を使った列車の走行試験に同乗した。自動運転が可能なように改造した蓄電池の電力で走る819系「DENCHA(デンチャ)」1編成2両を使っており、試験は今年2月中旬までの25日程度実施する。20年中には、同じ区間で運転士が乗った営業列車を使った実証運転も始めたい考えだ。

自動運転で発車させるために運転席の二つのボタンを押す運転士=2019年12月28日未明、福岡市で筆者撮影

 その上で、JR九州は運転士の国家資格を持たない係員を運転席に乗務させ、営業列車を走らせるという国内初の事例を「最初に香椎線で始めたい」(幹部)との考えだ。現段階では国が認めていないため実現時期は不透明だが、青柳俊彦社長は「実証から2、3年中には営業運転を目指す」との青写真を描く。

 「車掌以上、運転士未満の正社員」を係員として運転席に乗務させる計画の背景にあるのは、人口減少で運転士の確保が難しくなるという事情だ。鉄道事業本部長の古宮洋二取締役専務執行役員は「運転士の教育期間は非常に長く、資格のない一定の教育をした社員が代わりになることは経営の効率的に非常に大きなことで、将来的に鉄道を維持するためにも大事だ」と強調した。

 ▽実は50年前に実用化

 「夢の最先端技術」のように捉えられているATOだが、日本の複数の路線で実用化されており、世界初の実用運転は50年前の1970年にさかのぼる。大阪府吹田市で開かれた70年大阪万博の会場内の足となったモノレールで実用化された。

 地下鉄では運転士が乗務し、手元のボタンを押して運転するATOが広がっている。76年に札幌市営地下鉄東西線が営業列車で初めて本格採用し、翌77年に誕生した神戸市営地下鉄、81年開業の福岡市地下鉄と続いた。東京メトロの丸ノ内線や南北線、千代田線、都営地下鉄大江戸線などでも実用化している。ちなみに、81年にTBS系列で放送されたテレビドラマ「お父さんの地下鉄」では、俳優の故川谷拓三さんが演じる路面電車の運転士が廃止で職を失い、努力を重ねて福岡市地下鉄の運転士に転身したものの、待ち受けていたのはボタンを押すだけの役割だったことが哀愁を込めて描かれている。

 世界初の自動無人運転方式の新交通システムとして脚光を浴びたのは、神戸市のJR東海道線三ノ宮駅と人工島ポートアイランドの間で81年2月に開業した「神戸新交通ポートアイランド線」だ。81年3~9月に開催された「神戸ポートアイランド博覧会」(ポートピア81)の輸送手段として誕生し、現在は神戸空港への足としても活躍している。

 自動無人運転の新交通システムは81年3月に大阪市で開業した「南港ポートタウン線」(ニュートラム)、89年7月に誕生した横浜市内の「金沢シーサイドライン」が続いた。東京湾岸部の台場などを経由し、新橋と豊洲を結ぶ「ゆりかもめ」も95年11月に運転を始めた。

 国際電気標準会議(IEC)などが定める自動化レベル(GoA)で、これらの係員が乗務しない自動運転は最上級の「GoA4」に当たる。搭載したATOは保安装置に自動列車制御装置(ATC)を活用し、制限速度の超過や前の列車との過度な接近を防ぐ。走るのは主に高架上の専用軌道で、道路が横断する踏切がなく、駅のプラットホームには列車の到着時だけに開閉するホームドアがある。高額の費用を投じることで、列車の省力化を実現した「高コスト高リターン」の自動運転技術と言えよう。

 ▽「低コスト中リターン」を追求

 これに対し、JR九州が香椎線での自動列車運転試験のために投じたのは「開発費を含めて約2億円」(担当者)に抑えたものの、運転席への乗務は必要なため「低コスト中リターン」の技術だ。

 投資額を抑えられた秘訣は、保安装置に従来用いられているATCと比べると機能が劣る自動列車停止装置(ATS)を使って開発したためだ。もしもATCをベースにした従来のATOを採用した場合、関係者は「大ざっぱな試算だが、20~30倍(40億~60億円程度)の費用が必要になる可能性もある」と打ち明ける。

JR九州が自動運転試験のため、改造した蓄電池車両「DENCHA(デンチャ)」の運転席=2019年12月28日未明、福岡市で筆者撮影

 2016年度の鉄道統計年報によると、国内のJR在来線の保安装置に占めるATSの割合は98・2%に上り、ATCは残る1・8%にとどまる。JR九州では、ATOを運用している福岡市地下鉄に乗り入れる筑肥線の電車303系と305系がATOに対応しているという例外はあるものの、全ての在来線がATSだ。うち4割超に導入している新型ATS「ATS―DK」に着目し、開発したのが独自のATOだ。

 ATS―DKは、運転中に減速することが必要となるカーブなどの場所と制限速度を列車の装置のデータベースに記憶させている。従来のATSは制限速度を超過した場合に非常ブレーキがかかるが、ATS―DKは制限速度区間の手前の速度パターンをあらかじめ入力しており、制限速度まで速度を落とすのが間に合わない状況になると非常ブレーキを作動できる機能を設けている。

 JR九州はこの機能を応用し、列車の速度制限といった情報を伝えるために線路の間に設けた機器を拡充することで独自のATOを開発した。

 ▽運転士試験をクリア!?

 線路を通じて情報を常に伝達できるATCをベースにした従来のATOに比べると、速度制御の精度が劣るのは否めない。報道公開した香椎駅から西戸崎駅への自動運転試験中、隣の和白駅で停車した場所は停止位置目標の65センチ手前、奈多駅で80センチ手前、雁ノ巣駅で85センチ超過、海ノ中道駅で80センチ超過、西戸崎駅で40センチ手前だった。折り返す際も90センチずれた駅もあった。

JR九州の自動運転試験の結果について解析する日本信号の関係者=2019年12月28日未明、福岡市で筆者撮影

 JR九州の担当者に運転ぶりを“審査”してもらったところ、「合格ラインだ」と胸を張った。根拠として2点挙げ、一つは「香椎線にはホームドアを設置していないため、そこまでの正確性を求められない。運転士の試験でも停止位置目標の前後2メートルまでは許容範囲だ」と説明した。もう一つは運転士の審査に使い、列車の揺れが大きいと倒れる「衝動板」も減点対象となる板は倒れなかったことを評価した。

 古宮氏も「通常の運転士と変わらないくらいの加速と減速ができるようになり、スムーズになってきたと手応えを感じている」と評価した。

 自動運転技術を進化させ、運転士の資格を持たない係員の乗務による持続可能な鉄道運行を目指すJR九州。だが、自動運転を巡っては金沢シーサイドラインで昨年6月1日、列車が逆走して車止めに衝突し、17人が負傷する事故が起きたばかりだ。国が実用化を認める場合は、使命の安全輸送を万全にし、自動運転関連の機器が万が一故障した場合も事故を防げる機能「フェールセーフ」も確実に働くように強く求めたい。

自動運転試験のために改造した蓄電池車両「DENCHA(デンチャ)」の前で話すJR九州の鉄道事業本部長の古宮洋二取締役専務執行役員=2019年12月28日未明、福岡市で筆者撮影

【鉄道の自動運転の段階】 国際電気標準会議(IEC)などが定める列車の自動化レベル。呼称の「GoA」は「Grade of Automation」の略。レベルは運転士が目視で手動運転する「0」から、乗務員を置かずに自動運転が可能な「4」まで分類されている。運転席に運転士以外の係員を乗せて走らせることを目指すJR九州のレベルは、運転士が先頭部に乗って自動運転装置を操作する福岡市地下鉄などの「GoA2」と、千葉県浦安市のテーマパーク「東京ディズニーリゾート」を走るモノレール「ディズニーリゾートライン」の先頭部以外に係員が乗務している「GoA3」の中間に該当する。

※「鉄道なにコレ!?」とは:鉄道と旅行が好きで、鉄道コラム「汐留鉄道倶楽部」の執筆者でもある筆者が、鉄道に関して「なにコレ!?」と驚いた体験や、意外に思われそうな話題をご紹介する連載。2019年8月に始まりました。更新時期は不定期ですが、月に1回のペースを目指します。ぜひご愛読ください!

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