妹・金与正氏が「震源地」か…北朝鮮の権力中枢で地殻変動

北朝鮮で昨年12月28日から31日にかけて開かれた朝鮮労働党中央委員会第7期第5回総会では、人事の大規模な入れ替えが行われたと見られている。

最も注目されているのが、外交戦略を統括してきた李スヨン党副委員長と李容浩(リ・ヨンホ)外相の去就だ。2人は総会の開催期間中、党政治局委員の資格で会場の正面壇上に座っていたことが韓国当局により確認されているが、総会の直後、北朝鮮メディアが公開した金正恩党委員長と党指導機関構成員がいっしょに撮影した集合写真にはその姿がないのだ。

「美貌の姉」の足跡

党勤労団体部長の李日煥(リ・イルファン)、駐ロシア大使を務めた金衡俊(キム・ヒョンジュン)、弾道ミサイル開発部門を担当してきた李炳哲(リ・ビョンチョル)、副首相で経済通の金徳訓(キム・ドックン)の各氏を党中央委員会副委員長に選挙した一方で、前述した李スヨン氏のほか、太鍾守(テ・ジョンス)、金平海(キム・ピョンヘ)、朴光浩(パク・グァンホ)氏ら80歳前後の高位幹部は引退させられた可能性が高い。

このような人事を巡っては、様々な分析がある。

たとえば、スイス駐在が長かった李スヨン氏が引退させられ、元駐英大使の李容浩氏が(一時的な可能性もあるが)表舞台から姿を消したのは、この間の米国との対話が不調だったことを受けて欧米との関係構築を一時中断し、中国やロシアなど旧来からの友好国との関係強化に舵を切ったからだ、と見る向きがある。

さらには、まだ30代と若い金正恩氏が、側近を世代交代させたのだとする見方もある。

これらの見方はいずれも、少なからず的を射ていると思う。ただ、北朝鮮政治の最大の目的は体制の存続――すなわち「白頭の血統」による独裁の維持である。その事実を中心に据えて考えると、最も注目すべきは誰の人事であるかが自ずとわかる。

ほかでもない、金正恩氏の妹である金与正(キム・ヨジョン)氏だ。平安北道(ピョンアンブクト)のデイリーNK内部情報筋によると、金与正氏は昨年12月17日、本人名義で「女性軍人の勤務生活と健康に特別に配慮し、その状況を了解(把握)すること」との指示を各部隊政治部に通達したという。金与正氏が軍に直接、自分の名前で号令をかけるのはこれが初めてと見られる。

北朝鮮軍の女性兵士らは、飢えや性的虐待など、過酷な環境に置かれていることが知られている。金与正氏はそれに対して配慮を示すことで、軍における足場作りを開始した可能性がある。

だが、いかに金正恩氏の妹といえども、金与正氏の肩書は党宣伝扇動部第1副部長だ。ここは思想教育や体制宣伝を担当する部署であり、軍の運営に口をはさむ権限はないはずで、金与正氏の行動は「越権行為」とみなされかねない。

ところが今回の総会では、彼女の人事を巡り気になる動きがあった。金与正氏が党中央委員会の第1副部長に任命されたことが、改めて発表されたのだ。

すでに党第1副部長に就任して久しいのに、改めて同じ肩書に「任命」されるとはどういうことか。考えられるのは、党宣伝扇動部からほかの部署に異動になったということだ。そして、金与正氏が降格させられる兆候が表れていなかったことからして、異動は栄転であり、宣伝扇動部より上位に位置する党内の部署はひとつしかない。

北朝鮮の政務と人事を一手に掌握する最強の権力機関・党組織指導部である。だとすると、今後しばらく時間がかかるとしても、いずれは金正恩氏の異母姉である金雪松(キム・ソルソン)氏がそうであったと伝えられるように、北朝鮮で最強の官僚ポストである党組織指導部長に上り詰める可能性もゼロではない。


金正恩氏が今回の人事を行う上で見据えたのは、単に自分を中心とした幹部構成だけでなく、自分とそして妹との「相性」を考えた機構作りではなかったか。

とすれば、北朝鮮の権力中枢では今後しばらく、この兄妹と真にマッチする幹部構成が見極められるまで、人事の地殻変動が続くかもしれない。

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