[鍋潤太郎のハリウッドVFX最前線]Vol.112 新年VFX業界よしなしごと

今年も沢山の映画が公開される事だろう。楽しみ♪(ハリウッドの映画館にて)
取材:鍋 潤太郎 構成:編集部

はじめに

時間が経つのは早いもので、慌ただしくプロダクション業務をこなしていたら、あっという間に2019年が終わってしまった。

さて、そんなこんなで新年である。今回は、昨年1年間のハリウッドのVFX業界を、筆者の視点で振り返ってみる事にしよう。

…タイトルは「年頭所感」でもよかったのだが、それだと何だかエラそう&仰々しい響きに聞こえてしまうので(笑)、まぁ今回は昨年のハリウッドVFX業界をかる~く振り返り、心に思い浮かぶよしなしごとを、そこはかとなく書き綴ってみたいとおもふ。

2019年はデジタルヒューマン元年

2019年はある意味、「デジタルヒューマン元年」と呼べる1年であったのではないだろうか。

「アリータ:バトル・エンジェル」の公開当時の模様(ハリウッドの映画館にて)

実際のところ、ハリウッド映画のVFXにおけるリアルなデジタルヒューマンの試み自体は、もう20年近く前から行われている。しかし昨年は、デジタル・ヒューマンやディエイジング系VFXを駆使した作品が、特に目立った1年でもあった。

これは、今年2月9日に開催が予定されている、第92回アカデミー賞VFX部門のノミネート候補作品リストからも見てとれる。

「アリータ:バトル・エンジェル」
「アベンジャーズ/エンドゲーム」
「キャプテン・マーベル」
「キャッツ」
「ジェミニマン」
「アイリッシュマン」
「ライオン・キング」
「1917 命をかけた伝令」
「スター・ウォーズ/スカイウォーカーの夜明け」
「ターミネーター:ニュー・フェイト」

出展:第92回アカデミー賞VFX部門ノミネート候補作品

リストに挙がっている殆どの作品で、デジタル・ヒューマン(含:動物さん)やディエイジング系のVFXが含まれている。これだけ揃うのは歴代のアカデミー賞を振り返っても初めての事例で、これが「デジタルヒューマン元年と呼べるのではないか」という持論を唱える理由でもある。

どこへ向かうかVR/AR

さて、90年代のVRブームに引き続き2回目のブームの波が押し寄せている昨今。今後VR/ARは、どこへ向かっていくのだろうか。

「ここから60分待ち」という長蛇の列(AT&T Shapeにて)

マーケット自体は手探り感が続いているものの、AT&T ShapeSIGGRAPH等のVR展示コーナーへ足を運んでみると、少なくともその注目度は目の当たりにする事が出来る。その一例として、Magic Leapのブースなどは、デモを鑑賞する為の整理券が朝早くに定員に達してしまう程の超人気ぶりで、デモを見るだけでも一苦労であった。

VRコーナーの開場を朝イチで待つ、長蛇の列(SIGGRAPH2019にて)

本欄で過去1年ほどの間にレポートさせて頂いたVR/AR関連の話題の中にも、モバイルXRに関する話題や、ボリューメトリック・キャプチャを応用した新しいビジネスの事例などがあった。

そんな中、ふと思い出した話題が1つ。

1年前程の本欄でご紹介させて頂いたIMAX VR/LAシアターが、ひっそりと閉鎖されていた。ここは2017年1月にオープンしたが、2019年初頭には閉鎖に至っていた。わずか2年足らずの稼働期間であった。筆者は今後の展開に期待していたので、少々残念である。

IMAX VR/LAシアター(2017年11月、筆者撮影)

「ある程度の評価は得られたものの、集客や利益に結びつかなかった」という事が閉鎖の理由らしい。これは、アーケード型VRの検討課題の1つなのかもしれない。

筆者自身はVFXの専門家という事もあり、VR/AR分野にはさほど明るくないものの、引き続きその動向には注目していきたい。

大手ポスプロ傘下のVFXスタジオに異変

昨年は、安定したイメージを持つ大手ポスプロ傘下のVFXスタジオに、異変が見られた年でもあった。

まず1つには、Method StudiosやCompany3、StereoD等を有する親会社デラックス・エンターテインメント・サービスグループが、会社更生法に基づく経営再建の手続き(チャプター11)に入った事が挙げられる。大企業で屋台が大きい事もあり、R&Hの時のようなメガトンショックはなく、報道はされたものの冷静な反応が多く、グループ会社内のポストプロダクション業務は平常通り進められており、従業員の雇用も混乱する事なく継続されている。

また、テクニカラーにも異変が見られた。テクニカラー傘下のVFXスタジオで、世界中に拠点を構えるMPCが、バンクーバー・スタジオを12月11日(水)に突然閉鎖したニュースは、ハリウッドのVFX業界関係者を驚かせた。バンクーバー・スタジオは2007年にオープンして12年目に、その扉を閉じた形となる。

12年間の歴史に幕を下ろしたMPCバンクーバー

MPCは今後、モントリオール等のTAXクレジットの利率が高いエリアの拠点にプロダクションを集中させるという事だ。大作映画や話題作を多く手掛けているMPCは、VFXスタジオの中でも「1人勝ち」感があった為、今回の出来事は意外であった。同社の今後の動向が注目されている。

バンクーバーvsモントリオール

今回のMPCバンクーバー閉鎖で、バンクーバーのVFX業界の景気減速を心配する声は、少なからず出ている。

ご存知のようにハリウッドのメジャー映画スタジオは、映画のVFXを発注する際、カナダや諸外国が実施する「ハリウッドビジネスに対するTAXクレジット及び補助金制度」に完全依存したビジネス体系を採っている。映画スタジオは、“補助金が、より高い地域”へ作業を発注し、制作費を可能な限り節約する事を大前提にしている。各VFXスタジオはそれを「追う」形で、制作拠点を移動させるのが当たり前になっている。

その先駆けが、バンクーバーのあるブリティッシュ・コロンビア州(カナダ)だった。しかし、後発のケベック州がモントリオールにおける大胆なTAXクレジットを開始し、2013年を境にMPCやフレームストア等がモントリオールに進出、近年ではデジタル・ドメインもモントリオールに拠点を構えている。

現在、多くのプロジェクトがモントリオールへと流れており、この動きは当面続きそうである。

フランス

一方で、最近チラホラと噂話に挙がるのが、同じくハリウッド・ビジネスへのTAXクレジットを強化し始めているフランスである。アメリカとは時差もあり、言語も異なるフランスへ、どの程度のVFXプロジェクトが流れる可能性があるのかは、現時点では全く持って未知数である。

フランスのTAXクレジットを紹介する、フランスの映画産業推進団体CNCのキャンペーン・サイト

しかし、カナダのモントリオールはフランス語圏であり、その地で勢力拡大を図るMPCの親会社テクニカラーはフランスの企業である。また、ハリウッド映画のVFXを多数手掛ける、BUF等の信頼あるVFXスタジオが以前から存在している歴史もあり、フランスは意外と侮れない存在でもある。

こうした繋がりがある事などから、フランスへの「VFXプロジェクト流出」は懸念事項として、現場レベルでも話題になっているのである。

オーストラリア

そして、ここに急浮上してきたのが、オーストラリアのシドニーである。アニマル・ロジックを始め、著名なVFXスタジオが存在している場所として知られているが、昨年夏にILMがシドニーにスタジオを新設した。

© Disney
ILMはサンフランシスコ、シンガポール、バンクーバー、そしてロンドンに拠点を構えている。それぞれの国旗を模したバッチがILMスタジオ内のカンパニー・ストアで販売されていた。近々に、このラインアップにシドニー/オーストラリアのバッチが加わるという(筆者撮影)

シドニーもTAXクレジットの強化を進めており、その発表が行われてまもなく、ILMが手を挙げたという事である。

ILMシドニーは昨年夏より人材募集を開始しているが、「世界中から膨大な数の応募が殺到している」という。

「なぜモントリオールではなくシドニーなのか?」という声も上がっているが、「ケベック州の次」を先読みした戦略という見方が有力である。

アメリカ西海岸は?

そんな中、「置いてきぼり感」があるのが、アメリカのカリフォルニア州である。ハリウッドのお膝元で、大手VFXスタジオが台頭していた街でありながらも、前述のように映画のVFXプロジェクトの大部分はアメリカ国外へ発注される流れが主流となり、2013年以降は寂しい状況が続いている。

2014年、カナダを中心とする大規模なTAXクレジットや補助金制度に抗議すべく、アカデミー賞当日にハリウッドの授賞式会場近く開催された、「VFX業界に従事する人々によるデモ行進」
「カナダが、我々の仕事を”買い取って”いる」というカードを手にする人

「補助金を追い掛けるのではなく、人材を大切に」「もう引っ越しは嫌だ」「僕は8才なのに、もう9回も引っ越した」というパネルを手にするファミリー

実のところ、カリフォルニア州にも映画産業のTAXクレジットが設けられているが、税の還付率もカナダのそれに太刀打ち出来る規模ではなく、将来の巻き返しに期待したいところである。

アワードシーズン幕開け

さて、新春を迎え、ハリウッドはアワードシーズン(=賞レース・シーズン)の幕開けである。昨年11月頃から、筆者の手元にも「スクリーナー」のDVDが届き始めた。

筆者の手元に届いた、スクリーナーDVDの例

これらは、アカデミー、DGA、WGA、ASC、VES等の映画ギルドや推進団体に所属する会員に向けて無料で送られてくる試写用のDVDで、「For Your Consideration」というメッセージが添えられている。つまり「あなたのカテゴリーの映画賞で、うちの映画にぜひ一票を!」というアワード・プロモーション戦略の1つなのである。

スクリーナーDVDの中には、現在映画館でまだ公開中の作品や、まだDVDが発売されていない作品等も含まれており、これを自宅で鑑賞出来るのは、なかなかお得感がある。

これから1月~2月に掛けて、VESアワード、ゴールデン・グローブ賞、そして締めくくりがアカデミー賞と続いていく。映画業界に従事する者にとって、慌ただしく&楽しい時期でもある。

本欄でも、VESアワード授賞式の模様をレポートさせて頂く予定なので、乞うご期待!

シド・ミード氏逝去

インダストリアル・デザイン&コンセプト・アートの巨匠であり、特にデザイン面でハリウッド映画に多大な貢献と影響を与えたシド・ミード氏が、年の瀬も押し迫った12月30日に逝去された。86歳であった。

筆者は、VFX関連イベントで、何度となくシド・ミード氏の講演を聴講させて頂く機会に恵まれた。その模様は、過去の記事でもご紹介させて頂いている。

2017年秋に開催されたVES Summitにて行われた、シド・ミード氏による特別講演で、元気なお姿を拝見したのが最後となった。

また2003年に開催されたVES主催による「VES2003:The Festival of Visual Effects」における、映画「トロン」メイキング講演も、印象深い内容であった。

シド・ミード氏のご冥福を、心からお祈りしたい。

おわりに

さて。つれずれなるままに昨年のVFX業界をかる~く振り返ってみたが、結構な文字数になってしまった(笑)。それだけ様々な動きが見られた1年間であったという事なのだろう。その動向の一端を、ご理解頂ければ幸いである。

最後に、海外動向にご興味をお持ちの方に、参考情報である。筆者は「ハリウッドVFX業界就職の手引き」という電子書籍を刊行させて頂いている。この書籍は、海外の映像業界の動向や、日本との文化・習慣の違い、現場レベルの制作スタイルの違い、各地のアパート家賃の比較なども含め、詳しくご紹介させて頂いている。特に、第1章では、現在のハリウッドの動向が詳しく述べられているので、海外の動向を詳しく知りたいに方は是非ご参考頂ければと思う。

それでは、本年もどうか、宜しくお願い致します。

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