ドヤで結核に感染、ホームレスになり万引き 裁判で男が語った文学的第二の人生が興味深い

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傍聴のために裁判所に通っていると、書店で本を万引きする、という事件の裁判を傍聴することが頻繁にあります。だいたいが転売目的での犯行ですが、中には実際に本を読みたくて万引きする者もいてその動機は人それぞれです。

美馬悟(仮名、裁判当時55歳)も大型書店で本を万引きし裁判を受けていました。

裁判のはじめ、人定質問では無職で住所不定のホームレスだと言っていたので、てっきり転売目的での犯行かと思いましたがそうではありませんでした。

どうせ死ぬのなら好きな本を

「犯行当時は自暴自棄になってました。もう死にたい、死のうと思っていました。そう思っていましたが自分は本を読むのが好きなので、本屋を見かけてつい入ってしまいました。そこで本を見ているうちに欲しくなってきました。どうせ死ぬのなら好きな本を読んでから死のう、そう思いました」

彼は私大の文学部出身でした。

ショルダーバッグ内に商品のコミック本を20冊入れ、精算を済ませることなく店外へと出ていきましたが、犯行の一部始終を防犯カメラで見ていた店長らによって取り押さえられ現行犯逮捕となりました。文学部出身ならコミックでなく活字の本を読みたがりそうな気もしますが

「文学は最期にはふさわしくない」

という、理解できるようなできないような理由でコミックを狙ったそうです。20冊の合計で11,010円、犯行時の彼の所持金は598円でした。

彼は大学を卒業後、いくつもの出版社を渡り歩き、その後はタクシー運転手として働いていました。しかし運転手の仕事も辞めてしまい、生活保護を受給しながら山谷の簡易宿泊所で生活をするようになりました。

いかにも文学部出身にいそうな、不器用な人間特有の神経質そうな経歴の持ち主です。当然ドヤでの生活など耐えられるはずもありませんでした。

「ドヤでは隣の住人や管理人が勝手に自分の部屋に入ってきたり物をねだってきたり…その無神経さに我慢ができませんでした」

ドヤでは結核に感染し、不眠症にもなってしまいました。彼は後先考えず飛び出し、ホームレスになりました。そしてたちまち行き詰まり、自殺を考えるほど自暴自棄になって犯行に至ってしまったのです。

たくさんあれば賑やかで寂しくない

さて「死ぬ前に読みたかった」という理由で本を万引きした彼ですが、それなら20冊も盗む必要はないように思えます。

「死ぬなら夜だと思っていました」

という彼は15時頃に犯行を行っています。どんなコミックを盗ったにせよ、夜までに20冊も読むのはなかなか困難なことです。検察官もその点について質問していました。

ーー20冊も盗んでるっていうのは、どういう理由なんですか?

「寂しくないかな、と思って…」

ーーん? 寂しいって?

「いや、1冊だけだったら本が寂しくないかな、と思ったんです。たくさんあれば賑やかで寂しくないかな、と…」

本が寂しくないように、というこの発想は文学的と言えるものなのでしょうか。私には理解できませんが、かなり独特な感性の持ち主であることは確かだと思います。

そんな彼ですが拘置所で約2ヶ月過ごし、結核と不眠症の治療を受けたことで大分変化がありました。

「犯行時は肉体と精神のバランスが崩れていました。でも今は思考がきちんとできています。ようやく落ち着いて物を考えられるようになりました。もう自暴自棄な考えはありません」

さらに今後どう社会復帰していくのか、その道筋も明確に思い描けているようでした。

「やはり犯罪を犯してはいけないと思います。これからは再犯を犯さないために毎日日記をつけて自己を省みます。毎日の清掃をきちんとします。そして仏教を学んで、その教えを実践して生きていきます。裁判が終わったら、仏門に入ろうと思っています」

彼の語る説法を聞きたいかと言われればもちろん聞きたいです。窃盗の前歴2件と前科1犯を有するお坊さんの説法が面白くないはずがありません。

失敗を重ねた人にしか語れないこともあるのです。(取材・文◎鈴木孔明)

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