台湾で鉄道と温泉の文化に浸る

新北投駅隣の公園に保存された往年の日本製客車

 【汐留鉄道倶楽部】台湾の台北市中心部から台北捷運(MRT、地下鉄)で30分ほどにある、新北投駅に電車が着くと、ほのかに硫黄のにおいがただよい、温泉街に来たという期待が高まる。駅前では足湯ならぬ「手湯」があり、観光客が熱い温泉に手を浸して、温泉気分を味わっている。

 MRT淡水線、北投駅から新北投駅をつなぐ「新北投支線」は1.2キロ、わずか5分ほどの区間だが、「台北の奥座敷」北投温泉への足として人気だ。

 北投温泉は日本統治時代の19世紀末、日本人により開発された。1913年には「北投温泉公共浴場」が建設されるなど、台北郊外の保養地として人気が高まった。MRT の前身となる鉄道は湯治客の増加を受けて、旧淡水線の北投駅から延長する形で16年に開通、「浴場線」と呼ばれ、温泉客の足として戦後も運営された。

 だが88年、台北の都市化によるMRT建設に伴い、台鉄(台湾鉄路管理局)が運行した旧淡水線は廃止とった。レンガ造りの公共浴場も荒廃が進み、取り壊しの危機にあったが、地元住民が熱心な保存活動を行った結果、修復され「北投温泉博物館」として98年にオープン、北投温泉の歴史を学べる貴重な施設となっている。

 現在の新北投支線が開通したのは97年、住宅街をゆっくりと進む3両編成の電車はラッピングがされ、車内も1両ごとに異なる内装がされた観光列車となっている。うち1両は木目調の内装で、風呂桶を模したテーブルに温泉情報や地図を表示するディスプレイがあり、別の車両では「くまモン」のようなキャラクターと記念撮影をすることができる。

 新北投駅を出て、すぐ近くの七星公園に向かった。公園内にはかつての新北投駅舎が保存されている。この木造駅舎は開通当時のもので、旧鉄道廃止時に解体され、台湾の別の場所で展示されていたが、台北市や市民の強い要望で「里帰り」し、2017年に観光施設「百年驛站」としてオープンした。

 駅舎は100年の歴史を経たとは思えないほど、美しく修復され、内部は鉄道関連資料の展示や、絵葉書、かつての硬券のレプリカなどさまざまなお土産が売られている。

(上)新北投支線観光車両内の様子、(下)かつての新北投駅舎の記念館で売られている絵葉書と硬券切符

 日本の鉄道ファンに嬉しいのは、駅舎のすぐ横にある、かつて淡水線で使われた客車が静態保存されていることだ。昔の鉄道駅のような、古レール屋根のようなホームに停まっている、この「TP32850」型客車は1969年に日本から輸入した50両のうちの1両で、青色の塗装はかつて日本各地で見られた旧型客車そのものだが、車両の両端ではなく、中間部にドアが付いているのは台湾向け仕様だったのだろう。

 車内は通勤用として使われたロングシートで、つり革や扇風機などレトロ感が溢れており、列車運行に使われた鉄道電話やタブレット(通票)など、当時使われた設備も展示されている。この車両も一時は解体処分されそうになったのを、台鉄の工場で往時の姿に修復したのだという。多くの観光客がホームを下りた線路の上で、客車をバックに記念撮影をしていた。

 今回の北投温泉巡りの「シメ」はやはり温泉。タクシーで10分ほどの所にある、台湾の友人お勧めの日帰り温泉施設「皇池」を訪れた。硫黄臭が強い酸性の温泉は日本の那須湯本や蔵王、草津などと似た泉質。露天風呂ではなんと、青江三奈など日本の懐メロが流れており、思わず口ずさんでしまった。

 ひと風呂浴びた後は名物料理の「海鮮粥」を堪能し、ふたたび新北投駅から帰途についた。日本ともゆかりの深い鉄道や温泉文化を守ろうという台湾の人々のおかげで、今でもこうして鉄道と温泉という「夢の組み合わせ」を楽しむことができるのだ。

 ☆共同通信記者・古畑康雄

 ※汐留鉄道倶楽部は、鉄道好きの共同通信社の記者、カメラマンが書いたコラム、エッセーです。

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