本田真凜が、帰ってきた。「逃げたい」悪夢から目醒め、再び輝き始めた「彼女だけの魅力」

その目には、涙が浮かんでいた――。まるで悪夢のような情景から、自分らしさを失った不安から、どう逃げられるかばかりを考えていた日々から、ようやく解き放たれた瞬間だった。
彼女には、彼女にしかない魅力がある。そんなことを思い起こさせてくれた、全日本選手権。もう弱かった頃の少女ではない。あの晴れやかな笑顔が証明している。本田真凜が、帰ってきたと――。

(文=沢田聡子)

スケートにも、スケート以外にも、自信を失っていた

「本当に、内面から出てくるものが久しぶりに表現できた」

全日本選手権でショートプログラムを滑り終えた本田真凜は、晴れやかな表情で現れたミックスゾーンでそう語った。

「去年は気持ちの部分ですごくつらくて、もう『誰も見ていない』と思って滑っていたような感じで……たくさんの方の前で滑る緊張からどう逃げられるかを考えていたんですけど、今年は一切そういうことがなく、自然な表現ができたんじゃないかなと思います」

天性の華を持つ本田が、15位に終わった1年前の全日本では大観衆の前でスケートをする緊張に耐えられない精神状態に陥っていたこと、そして今季その苦悩を克服できたことを感じさせる言葉だった。

2016年の世界ジュニア選手権金メダリストである本田は、平昌五輪が行われた2017-18シーズンにシニアに上がっている。幼い頃から注目と期待を集めてきた本田だったが、平昌五輪代表選考がかかる17年の全日本では7位に終わり、五輪出場はかなわなかった。再起を期した本田はアメリカに拠点を移し、ラファエル・アルトゥニアン コーチの指導を仰いで現在に至っている。

グランプリシリーズの開幕を控えた10月上旬、本田はアメリカに拠点を移してから2年目の今、少しずつ心が上向きになっていると語っていた。

「去年はアメリカに行って、なかなか環境に自分がうまくなじめている感じがなかったです。言葉の壁も自分の中ではすごく大きくて、自分を閉ざして、シャットアウトして生活していた部分もあった。それがスケート以外の部分でも、ちょっとずつなんですけど抜け出せているかなと思うので、今悪い波をいい方向に変えていけている最中なんじゃないかな」

技術面でも「去年・おととしと、試合でも練習でも安定したジャンプを自分の中で失っていて、それが今少しずつ良くなってきている」と手応えを語っている。

「去年はスケートに対してまったく自信がなくて……スケート以外にも自信を失っていたところがあって、それがちょっとずつではあるんですけれども、自分のスケートの良さを伸ばしていきたいと思うようになった」

たくさんの人の前で楽しんで滑れたことが、一番うれしい

12月、本田は2週連続で国内の大会に出場し、満を持して全日本を迎えた。グランプリシリーズが終わってからずっと日本で調整していた本田を支えたのは、本田武史コーチだったという。

全日本で前日の公式練習を終えた本田は、明るい表情で意気込みを語っている。重点を置いて練習してきたのは、プログラムの通しとジャンプのリカバリーだった。

「最初のコンビネーションができなくてもその後にしっかりつけられるようにとか、頭で考えてプログラムを通すという練習をたくさんやってきたので、あとは本当に自分の気持ちの問題。思いっきり、不安な気持ちは消してできればいい」
「昔だったら、いざ氷に立って曲が始まったら“もう大丈夫”という感じだったんですけど、去年・おととしの全日本では、試合前に気持ちの部分ですごく落ちていた。不安な気持ちを引きずったまま演技をして、それが全面的に演技に出てしまって、よくなかったと思います。今年は全日本までに国内の試合に出たいなと思っていて、それができた。あとは同じような気持ちで楽しんで、本当にたくさんのお客さんが来てくださるので、その前でいい演技をして、自分も喜べるようにしたいなと思います」

本田の今季ショートは、昨季から継続の『Seven Nation Army』。シニアに上がった当初は線が細い印象があったが、アメリカに拠点を移してから力強さを増した本田のスケーティングが堪能できるプログラムだ。採点上は3回転ループ―3回転トウループのセカンドジャンプに回転不足、3回転フリップにエッジエラーと回転不足の減点があったものの、ダブルアクセルを含む3つのジャンプをまとめると、最後のステップは本来の魅力があふれるものになった。人目を惹かずにはおかない本田の華やかなステップが、会場を魅了する。

ミックスゾーンで本田は「たくさんのお客さんの前で楽しんで滑れたというのが、一番うれしかったです」と語った。

「全日本というのはたくさんの方が見てくださる場だと思っているので、そこでなかなか自分のいい演技ができなかったのがすごく悔しくて……去年は本当に悔しかったので、その気持ちがまずは果たせたかなと。たくさんの方が応援してくださっているのをあらためて感じることができたので、気持ちの部分でも“怖い”というのはなくなってくるんじゃないかなと思います」

「去年と同じ大会で同じプログラムを滑ったが、何が一番変わったか」と問われると、本田は「内面的な部分がすごく大きくて」と答えている。

「去年も練習でまったく何もできないというわけではなくて、試合になったら本当に訳が分からなくなってしまうという感じだった。今回は昔の自分らしく、たくさんの方に楽しんでいる姿が伝わればいいなと」
「フリーも本当にたくさんたくさん練習を積んできたので、それを試合で発揮できたらいい。落ち着いてやればできるということが分かったので、フリーも思い切り自分を信じて」

ショートの得点は65.92で目標にしていた70点には届かなかったが、「それ以上に今は達成感というか満足感の方が大きくて、何か取りこぼしがあれば、あとでそこを直していければいいなと思っている」と前向きに捉えていた。

「今日は久しぶりに、試合が終わって泣きながら寝る、というのがないんじゃないかなと思っていて。達成感に浸りながら、フリーに向けてまた頑張れたらいいなと思っています」

いい夢が見られそうですか、と聞かれた本田は「そうですね」と答えた。

「試合の前になると悪夢ばっかりなので、それが振り払えたらいいなと思っています」

ショートで6位につけた本田は、最終グループでフリーを滑ることになった。

フリーで見せた、戦い抜く姿

本田が「自分で滑りたいなと思ってリクエストした」という今季のフリー『La La Land』は、本田の華やかさが存分に発揮される魅力的なプログラムだ。鮮やかな青の衣装をまとった本田が、スタート位置につく。冒頭の3回転ルッツで転倒、コンビネーションを予定していた2つのジャンプはともに単独になり、続く3回転フリップは2回転になる。予定通りのジャンプは跳べないまま、しかしプログラムの流れは何とか保って後半に入っていった。後半最初のジャンプ、3回転ループには2回転トウループをつけ、サルコウを予定していた最後の3回転はフリップにして懸命にリカバリーした本田は、美しいビールマンスピンで2019年の全日本を終えた。演技を終えた表情はショート後のように爽快な笑顔とはいかなかったが、戦い抜いた演技だった。

コンビネーションジャンプを2つしか入れられなかった上、回転不足やエッジエラーが散見された本田のフリーは8位、総合でも8位だった。フリーの演技を終えた本田は、「やっぱり、練習通りにはいかなかったなっていうのが一番の感想」としつつ、「でも」と言葉を継いだ。

「去年に比べたら、成長できていたんじゃないかなとは思います」

後半でのジャンプのリカバリーについては、次のようにコメントしている。

「去年やおととしのように、よくない演技をして気持ちが折れるということはなくて。最初のジャンプで失敗して、そこからいつもだったらもっと引きずっていたかなと。そこは成長できたかなとは思うんですけど、最終グループというすごく緊張する位置で滑った時に、滑る前から気持ちの部分で自分の弱さがあったので、そこが強くなりたいなと思うところです」
「最初に失敗した時にもう吹っ切れて、これも自分のプログラムの一部なんだと思っていました」

昨年の全日本は「何も得るものがなく終わってしまって、ただ自分の弱いところを皆さまにお届けしちゃった感じになった」と本田は言う。

「今回は、少しは自分の良さが伝わっていたらいいなと思っていて……たくさんたくさん練習してきたので、また頑張れたらいいなと。最終グループに戻ってこられた自分にも“頑張った”と今は言いたいなと思います」

シーズン後半の主要国際大会に関しては、本田は四大陸選手権の補欠という立場となった。ただ多くの人が、本田にしかない魅力を再確認した全日本だったのではないだろうか。

<了>

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