暗殺されたイラン司令官が担っていた役割とは 原油価格乱高下はおさまるのか

By 藤和彦

7日、イラン南東部ケルマンで、革命防衛隊精鋭部隊のソレイマニ司令官らのひつぎの周りに集まる人々(Erfan Kouchari/タスニム通信提供、AP=共同)

 2020年早々、原油価格が乱高下している。米軍によるイランのソレイマニ司令官殺害に始まる動きによるものだ。昨年のサウジアラビアの石油施設攻撃、サウジアラムコの新規株式公開(IPO)、そしてイラクでくすぶる「アラブの第二の春」。中東地域の地政学的リスクは今後どうなるのか。日本経済に与える影響を交え、現在判明している情報から読み解いた。(独立行政法人経済産業研究所上席研究員=藤和彦)

 ▽一過性だった年初の原油価格高騰

 1月3日の米WTI原油先物価格は1バレル=64ドル台に急騰、昨年9月のサウジアラビア石油施設攻撃直後の高値(63ドル後半)を超えた。

 1月3日未明、イラン革命防衛隊の精鋭組織(コッズ部隊)のソレイマニ司令官が、イラクの首都バグダッドで米軍のドローン攻撃により死亡した。「最高指導者ハメネイ師の懐刀を暗殺されたイランが米国に報復し、米国とイランの間で軍事衝突が生じる」との懸念から、原油価格が急騰した。

 その後8日未明にイラン革命防衛隊はイラクの米軍基地を十数発の弾道ミサイルで攻撃したが、米国側が報復を示唆しなかったことから、市場関係者は「差し迫る危機は回避された」と判断、8カ月ぶりの高値(1バレル=65ドル台)を付けていた原油価格は急落した(1バレル=60ドル割れ)。

 年初来の原油価格高騰は、「戦争への不安」という心理要因で引き起こされたもので、世界の原油供給に悪影響が及んでいなかったことから一過性で済んだが、中東地域の地政学リスクは本当に沈静化したといえるのだろうか。

 筆者は「ソレイマニ司令官暗殺が中東地域の地政学リスクをさらに上昇させた」と考えている。

イラン革命防衛隊の精鋭「コッズ部隊」のソレイマニ司令官(AP=共同)

 ▽殺害された司令官の役回りとは

 1月3日付ロイターは「ソレイマニ司令官はイラク国内の米軍に対する攻撃を画策していた」と報じたが、別の目的もあったようである。

 イラクのアブドルマハディ暫定首相は5日、イラク議会で「3日朝ソレイマニ司令官と会う約束があった。以前イラク政府がイラン政府に提示していた書簡に対する回答をソレイマニ司令官は携えていた」と述べた。その書簡の内容の詳細は明らかになっていないが、アブドルマハディ氏は「地域の緊張緩和に言及したもの」とコメントした。

 イラク政府は昨年後半からサウジアラビアとイラン間の緊張緩和に取り組んできた。

 イランに対する強硬路線を取り続けてきたサウジアラビアも、昨年9月14日の同国の石油施設への大規模攻撃を契機に融和姿勢に転じつつあり、中東の二大国間の「緊張緩和」という極めて重要な交渉役をソレイマニ司令官は担っていたようだ。

 両国の関係改善を望んでいたとされる米国のドローン攻撃により、サウジアラビアとイランの関係は振り出しに戻ってしまったとすれば、皮肉としか言いようがない。

 ▽サウジを巡るリスクは上昇

 「サウジアラビアの石油施設の攻撃にイランが関与した」との説が有力であることから、「イランが再びサウジアラビアの石油施設を攻撃する」との懸念が高まっているからだろうか、原油価格が高騰したにもかかわらず、サウジアラムコ株の下落が止まらない。

 イランがホルムズ海峡を封鎖する動きを見せていないにもかかわらず、サウジアラビアの石油タンカーがホルムズ海峡の運航を停止する事態も発生している(国際石油情勢に詳しいOILPRICE1月8日付による)。

 このようにサウジアラビアを巡る地政学リスクが再び上昇しているのである。

サウジアラビア東部アブカイクで攻撃を受けたサウジアラムコの石油施設を補修する労働者=2019年9月20日(AP=共同)

 筆者は昨年11月30日付コラムで「イラクに『第2のアラブの春』が勃発する恐れがある」(https://this.kiji.is/572366564729603169?c=39546741839462401)と指摘したが、ソレイマニ司令官の暗殺でそのリスクはますます現実味を増したと考えている。

 暗殺されたソレイマニ司令官は、イラクの親イラン勢力を立て直すという重い課題を抱えていた(1月4日付日本経済新聞)からである。イラクでは昨年10月上旬以降、生活苦を訴える大規模な抗議デモが続いている。そして11月下旬アブドルマハディ首相が辞任を表明したことばかりか、12月末にはサレハ大統領も辞任する意向を示すなど「無政府状態に近づいている」と言っても過言ではない状態になっている。

 退任を表明したアブドルマハディ氏を難産の末首相の座に就けたソレイマニ司令官は、イラク国民の怒りがイランにも向かっているという「逆風」にもめげずに「親イラン」の後継選びに孤軍奮闘していた直後の「殉職」だったのである。

 抗議デモ参加者は弾圧の元締めであった宿敵ソレイマニ氏の暗殺に歓呼の声を上げており(1月5日付BBC)、「根本的な体制変換」という彼らの要求が現実味を帯びてきたと考えているのではないだろうか。

 ▽40年前のイラン革命と類似

 復活しつつある抗議運動の中で存在感を高めているのが、シーア派でありながら反イランを鮮明に打ち出す宗教指導者のサドル師である(昨年12月24日付アルジャジーラ)。

 混乱が増すにつれてサドル陣営に民意が集まる情勢は、「1978年9月親米のパーレビー国王の軍隊の強硬策が裏目に出てデモ隊の主張が『イスラム国家樹立』と過激化し、79年2月の宗教指導者のホメイニ氏の帰国により反体制勢力が政権を掌握するに至った」という40年前のイラン革命をほうふつとさせる。

イラク・バグダッドでイスラム教シーア派有力指導者サドル師の写真を掲げる女性。イラク国会選挙(総選挙)の暫定結果ではサドル師派の勢力が勢いを見せていた=2018年5月14日(AP=共同)

 首都バグダッドとともに抗議運動が盛んなのは大油田地帯を擁する南部地域である。

 昨年12月28日付のロイターの報道によると「祖国がない。石油もない」と叫ぶデモ隊が南部ナシリヤ油田の施設に侵入し、日量約8万バレルの原油生産が失われた。

 第2次石油危機では、イラン革命の勃発により日量560万バレルの原油供給がストップしたことから、原油価格は3倍に急騰した。

 日本ではガソリン価格が1リットル当たり150円台と昨年5月以来の高値となっている。イラクの原油生産(日量約460万バレル)が大幅に減少することになれば、原油価格が1バレル=100ドル超えする可能性が高く、ガソリン価格は1リットル当たり200円台に跳ね上がってしまうのではないだろうか。

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