「フォードVSフェラーリ」 映画を見ながら心のアクセルを踏み込む

模型の箱絵みたいな「フォードVSフェラーリ」サントラ盤ジャケット

 何を隠そう、私は無類の車好きだ。

 その昔なぜか〝飛ばし屋〟と呼ばれ、三菱のギャランVR4を乗り回していた。

 なのに、父のマニュアル車を乗っていた時に感じた赤坂のコロムビア坂のあの急勾配の坂のクラッチ繋ぎが嫌で、ギャランVR4ターボのオートマ車をセレクトするという〝アホ丸出しな女〟だった。

 アホは走りにも出ていて、銀座からゴミ箱のフタを引きずりながら真夜中に鎌倉まで人を送ったり、アイルトン・セナが亡くなった年のモナコGPコースをオートマ車で転がしたり、風邪をひくと風で風邪を吹き飛ばすと言わんばかりに、運転席に身を沈め、ハンドルを握りアクセルふかせば元気ハツラツのアホだった。

 

相性抜群だった愛車ギャランVR4

 そんな私の車遍歴。

 初めて乗った自動車はプリムス・バラクーダだった。父の運転で横浜や江ノ島へ家族3人でドライブしたようだ。写真が結構残っている。

 1970年代。真っ赤なスバルR2が我が家の愛車になった。

 真っ赤なおでこ、すねたような顔が私の顔に似ていると言われた。

 4人家族と猫1匹で、両親の実家の仙台まで帰省したこともある。まだ東北自動車道がなかった時代。仙台は本当に遠く感じた。

 マイカー時代の到来でパブリカ、コロナ、ブルーバードなどの国産大衆車があふれ、テレビからは、「のんびり行こうよ~俺たちは」というモービルガソリンのCMが流れていた。

 車の免許を取得したのは20歳。ドラマ『「愛という名のもとに』の出演前には三菱ギャランVR4を愛車にしていた。

 私が演じる「泣き虫ノリ」はギャランVR4を。唐沢寿明君が新車のホンダNSXをウィンウィン言わせていた現場だった。

 私のVR4には、天才といわれた英国人ドライバー、ケン・マイルズのような優秀なテクニカルが専任でついてくれた。おかげで車は随分と長く乗れた。

我が家の車遍歴と最初の愛車は真っ赤な三輪車

 昨年末に試写で見た『フォード VSフェラーリ』(ジェームズ・マンゴールド監督)に、ケン・マイルズが出ていた。

 1966年に「ル・マン24時間耐久レース」で優勝したシェルビー・アメリカン社のドライバーであり優秀な整備士という認識くらいしか私にはなかった。

 試写室の最前列の隅っこの椅子で見ていた私は、スクリーンの中で疾走する車たちを煽るサントラとともに、まるで自分が運転しているかのような錯覚に陥り、足が試写室の椅子の上で揺れていた。

 映画を見終わってすぐにサントラを入手。

 このサントラを聞きながら運転すると、なぜかキビキビとテクニックが上がる。しかも音楽が、車のエンジン音のようにも聞こえてくる。ギターのファズ音だろうか、ブラスのミュートだろうか。

  サントラを手がけたのは『ローガン』『ウルヴァリン:SAMURAI』のジェームズ・マンゴールド監督作品を手がけているマルコ・ベルトラミ。『燃えよドラゴン』のテーマ曲で有名な音楽家ラロ・シフリンさながらヒタヒタ、グイグイと刈り込んでくる。

 リンク・レイ、ニーナ・シモン、ザ・バーズなどによる懐かしの60年代の名曲も入っていて、しかもレコードは透明盤。ジャケットがタミヤの模型の箱の挿絵みたいでちょっとカッコいい。

 

スケルトンなレコード盤

 スクリーンの中で誰かが車をぶっ飛ばしているのを見ているだけで興奮する。

 『ベイビー・ドライバー』(エドガー・ライト監督)で主人公の男の子がかっ飛ばす赤のスバル。

 最近ゴールデングローブ賞で3冠を取ったクエンティン・タランティーノ監督の『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド』でのブラッド・ピット(助演男優賞おめでとう!)が颯爽とぶっ飛ばす水色のカルマンギア。そして、ご機嫌な音楽。見ているだけで、その気にさせてくれる車映画たち。

「バニシングポイント」と「ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド」のサントラレコード

 『フォード VSフェラーリ』は1966年のル・マンを舞台にした話だ。

 主演はクリスチャン・ベールとマット・デイモン。

 ベールは、ル・マンであのフォードGT40を乗りこなす天才ドライバー兼メカニックのケン・マイルズ。マット・デイモンは、名車コブラを生んだシェルビー・アメリカン社のキャロル・シェルビー。

 この二人の男が織りなす、自動車レース黄金時代。

 第二次大戦中、マイルズはノルマンディーで戦車を、シェルビーは戦闘機を操縦していた、戦争を知っている男たち。

 ガチンコでぶつかり合う彼らの姿は懐かしい少年漫画のようでもあり、そこに戦後の自動車産業のことも織り交ぜ、まさに映画の上でエンジンの高速回転を維持しながら、爽快かつ感情的にかっ飛ばしてくれるのだ。

 そう、娯楽作品でありながら、いろんな感情が複雑に湧き上がり、大西洋を挟んで欧州VS米国の車社会の歴史など本当に考えさせられる映画だった。

 しかも、『バイス』(2018年アダム・マッケイ監督)で、貫禄のチェイニー米副大統領を演じたばかりのベールが70ポンド(約32キロ)も減量して演じている。これには驚愕。

 食べないで痩せたらしいが、全く俳優ってやつはクレイジーだ。

 さらには、車のドライビングテクニックを学び、スタントには『ベイビー・ドライバー』や『ワイルド・スピード』『ミッション:インポッシブル』などでも活躍している最高のスタントがついたそうだ。

 そしてル・マンのコースやデイトナ24時間レースのコースもあちこちで再構築。

 レース場面ではCGを使わず全て本物という触れ込み。でも、 細かい史実や描写などツッコミどころもなくはない。ああでもない、こうでもないと、詳しいマニアは突っ込むだろう。

 まあそれでもここは、映画を娯楽として楽しむ人々のために、光の当たっていなかったケン・マイルズを、イタリアと米国の車メーカーの覇権争いに翻弄されるキャロル・シェルビーを知るきっかけになればいいと私は思う。

 シェルビー社といえば、デイトナコブラという名車をデザインしたピート・ブロック氏の存在も欠かせない。

 66年、フォードと組んでいなかったら、まさに出場予定だったであろう、デイトナコブラのレース仕様車「ギヤ・デ・トマソ5000スポーツ」の存在はここに記しておく必要があるだろう。

 これは、シェルビーとブロックがイタリア北部にある秘密工場で作っていたといわれる名作。

 エンジンはフォード。シャーシーはデ・トマソ製。デザインはブロックによるもの。しかし、フォード40GTの陰に隠れて忘れ去られてしまう、という蘊蓄をマニアから聞いたことがある。

 そんな昔話もある中、今作ではいかにフォード40GTという車に男どもが躍起になっていたかも分かる。

 何より、ケン・マイルズという夭折した天才ドライバーに光を当てているということに私はぐっときた。

 ビートニク(1950年代の保守的な米国の体制に異を唱える人たち)と呼ばれた英国人のケン・マイルズ。家にはジャズのレコード。紅茶を愛し、ワンダーブレッドでチーズサンドを食べるのが幸せな英国人だ。

 さらには、英国人が地球の果てまでも持って行くであろう食卓のお供「マーマイト」の缶詰もちらっと見える。彼の人物像が魅力的に描かれていたのはクリスチャン・ベールの存在あってのことだろう。

 戦後、フォード社がアメリカで大衆車を売り続けることでモータリゼーションを起こし、アメリカを席巻していた頃。フォード2世はフォードモーターでレースに参戦したいと考えるのだが〝おじさん車〟ばかりで、スポーツカーが一台もない。そこで、スポーツカーの名門フェラーリを買収しようとするのだが、失敗に終わる。

 買収に失敗したフォード2世は、とにかく「会社の金をどれだけ突っ込んでもいいから超スーパーカーを作れ!」と、シェルビーに頼むわけなのだが…… 。

 まさに、映画の上でエンジン7000回転を維持しながら、爽快かつ感情的にかっ飛ばしてくれる作品だ。

お気に入りの車映画のサントラを聞きながら走るのが好き

 人生は諦めと挑戦の連続かもしれない。

 ふと立ち止まりたくなったら、日常から非日常を体感できる映画館へ。

 映画を見ながら、心のアクセルを思い切り踏みこむ。

 高速回転でエンジンふかし、心にたまったカーボンを吐き出すのだ。

 SUVやミニバン、電気自動車が幅をきかせる今の時代。車好きあるいは60年代好きならば、ぜひ大きなスクリーンで体感してほしいと思う。(女優・洞口依子)

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