尾崎亜美「HOT BABY」1981年のロサンゼルスを詰め込んだ極上のポップス♪ 1981年 5月21日 尾崎亜美のアルバム「HOT BABY」がリリースされた日

1981年の春 — 大滝詠一、寺尾聰、そして尾崎亜美

1981年春といえば、大滝詠一「A LONG VACATION」、寺尾聰「Reflections」などの名作アルバムが世に出た時期。そんな中で、ボズ・スキャッグスや TOTO にかぶれた15歳の私の耳を惹いたのは、尾崎亜美「HOT BABY」だった。

シングルとしても発売された「Love is Easy」をラジオで聴いて、ジェフ・ポーカロの端正でいてグルーヴ感あふれるドラムスと、トム・スコットのエモーショナルなサックスにズキューンと心をぶち抜かれたのだ。TOTO のメンバーが参加した、と紹介されていたが、正直なところ、中途半端なハードロックに振れていたように聴こえる当時のTOTO「Turn Back」よりも、デヴィッド・フォスターのイントロや尾崎亜美の書いたポップでキャッチーなメロディに乗った多彩な演奏のほうが魅力的だった。「尾崎亜美、めっちゃカッコいいやん!」当然、レコード店に走ることになる。

あ、カワイイ♡♡♡♡♡ 封筒を模したジャケットは3パターンの色違い

「あ、カワイイ♡♡♡♡♡」可愛らしすぎる。レコード店で初めて実物を見た時の率直な印象は、まさにハートがついていた。

「ALL SONGS ARRANGED BY David Foster」
「ENGINEERED BY Al Schmitt」
「米国 SOUND LABS STUDIO 録音」
「EXTRA MASTERING!」
「HALF SPEED CUTTING」
 …etc.

燦然と輝くありがたい文字列がこれでもかとテンコ盛り。ド派手なピンクの丸いシールに、電波を発するキューピーと一緒にあしらわれている。もうこの文字列を見ただけで「ゼッタイ、買い!」少ないお小遣いの残りなんか、頭から飛んで行った。

ジャケットデザインは封筒を模している。グレイの封筒のフラップ部分がブルーで、留めるピンクのシールに「HOT BABY」とタイトルが記される。このジャケットは3パターンの色違いで(アナログ発売時)、ブルーのフラップの他に、フラップがミントグリーン×シールがパープル、その逆パターンでフラップがパープル×ミントグリーンのシールの3種類。

封筒を開いて目にする中ジャケは、電波をバリバリ出すキューピーのイラストをバックに歌詞が載る。キューピーが目立つ中ジャケの裏では、ウサギの耳をつけたバレリーナスタイルの尾崎亜美さんが、オペラピンクのハートを背にパープルのアイシャドウとピンクリップでドキッとする視線をこちらに向かって投げかける。

まさに旬、西海岸のスタジオ・ガイが手掛けた AORサウンド

こんな可愛らしいパッケージでくるまれた円盤から出てくる音が、本物のバリバリの当時旬の AOR。スティーブ・ルカサーの自伝から言葉を借りると「超売れっ子のスタジオ・ガイたち」。

スティーブ・ルカサー(Guitar)
ジェイ・グレイドン(Guitar)
ジェフ・ポーカロ(Drums)
デヴィッド・フォスター(Keyboards)
トム・キーン(A.Pf)
ニール・スチューベンハウス(Bass)
トム・スコット(Sax)

ボーカルアレンジ は ニック・デカロ。1979年に YMO の前座をグリークシアターで務めた ザ・チューブス のマイク(マイケル)・コットンがシンセサイザープログラミングを担当。

プロデュースは渡辺雄三と尾崎亜美の連名で、詞と曲を書いた趣がそれぞれ違う8曲を尾崎亜美が歌う。まさに旬、1981年の L.A アメリカンロックの音を尾崎亜美のポップスという器にギッシリと詰め込んだ、豪華な松花堂弁当のようなアルバムだった。

このアルバムで「Angela」と「Wandarer In Love」の編曲者として、またアコースティックピアノの演奏者としてもクレジットされているのは当時17歳のトム・キーン。US でのリリースこそされていないものの、CBSソニーからリリースされた日本盤が当時CMソングにも使われて話題になった「ドライヴィング・サタディ・ナイト」のイントロでピアノを聴かせるあの少年が、この作品でも地味だがピアノを弾いている。

スティーブ・ルカサーの自伝『THE GOSPEL ACCORDING TO LUKE』には尾崎亜美のアルバムのことは記されていないが、彼らはこの時期、非常に多くのセッションワークに参加していた。スティーブ・ルカサーはレコーディングだけでなく TOTO のツアー、ツアーがない時はノースハリウッドのスタジオシティにあるライブハウス ベイクド・ポテトで毎週2セット出演していた。その頃の演奏はグレック・マティソン『The Baked Potato Super Live!』で聴ける。ちなみにこのライブテイクでのジェフ・ポーカロのドラムスは、尾崎亜美のアルバム以上にヤバすぎる。現在では Spotify などでも聴けるのでご興味のある向きは一聴を。

変幻自在でチャーミング、女優のように演じ分ける尾崎亜美のヴォーカル

話を尾崎亜美に戻す。尾崎亜美のヴォーカルは8曲それぞれで絵心のある表情を見せる。あるときは震えるように恋する女心をなみなみと、あるときはキュートでいたずらっぽく男を翻弄し、母のように大きな世界を歌い、わがままなお姫様にもなり、そして荒くれたセッションの猛者を従えるロックシンガーにもなる。女優のように演じ分けるそのヴォーカルは同じ女性から見てもとてもチャーミングだ。

親しみやすい中にテンションが効いたメロディを多彩なヴォーカルで表現する、抜群のポップセンスが L.A. のスタジオ・ガイの超一流グルーヴ溢れる演奏で料理される。極上の逸品に仕上がっている、と私は力説したい。

2019年12月、EXシアター六本木での『南佳孝フェス I WILL 69 YOU』に尾崎亜美がゲストで登場した。松田聖子に提供した「天使のウィンク」の最初の部分を南佳孝に歌わせた後(これはこれでとても貴重)、自身のヴォーカルで披露した。還暦を過ぎても可愛らしい天使のような衣装は違和感なく、夫のベーシスト小原礼さんを交えたお茶目でファニーな MC も楽しいステージだった。不思議なミューズ感はデビュー当時から変わらない。

カタリベ: 彩

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