スイスで人気の意外な日本食とは

ビールと好相性、増産には課題【世界から】

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スイスで売られている「枝豆パック」や「冷凍枝豆」。枝豆パックには塩も同封されている=岩澤里美撮影

 欧米やアジアだけでなく、世界各地で日本食が人気を集めている。筆者が暮らすスイスも同様。チューリヒやジュネーブと行った大都市ではすしや天ぷら、ラーメンなどを提供する店は珍しくなく、スーパーでもおにぎりやお菓子がごく普通に並んでいる。

 だが、パックに入った枝豆を歩きながら食べる若者を初めて見たときには正直、驚いた。米国で売られていることは知っていたが、約20年前に引っ越したときには想像もできない現実に「枝豆をスイスで目にするとは…」と妙な感慨を覚えてしまった。

 ▽背景にある健康意識の高まり

 まだ青い未成熟の大豆を収穫して、食べる枝豆。塩ゆでが一般的で、ビールとの相性が抜群なつまみとして知られている。スイスでも日本語と同じ「Edamame(エダマメ)」の名前で売られており、「若い大豆でゆでて塩を振って食べる日本の料理」と説明されている。ちなみに、大豆は「Soya(ソーヤ)」と呼ばれている。

  その枝豆がスイスで販売されるようになったのは最近のこと。家庭でゆでる冷凍品のほか、ゆでた豆だけを詰めた缶詰もある。広まった背景にあるのが、豆腐。ヘルシーな食品として知られる豆腐が普及するにつれて、原料が大豆であることも知られるようになったことが大きいと考えている。健康意識の高まりと相まって、肉を食べる機会や量を減らそうという人が増えたことも影響しているだろう。

 日本に旅行する人が増えたことも、枝豆人気を後押ししている。ここ数年、筆者の周囲では日本を観光旅行先に選ぶ人がとても多く、一時帰国する際に利用する日本行きの飛行機を見てもスイス人の多さが際立っている。日本政府観光局(JNTO)の統計もそれを裏付けている。2003年に1万7千人余りだったスイスから訪日した人は14年に3万人を超え、18年は3倍以上の5万2千人を超えるまでに増加している。今やスイスで一番人気のアジア料理といえば、中華やタイではなく、日本食となっている。そんなスイス人にとって、枝豆は日本らしさを感じさせてくれる食べ物なのだ。

大豆栽培の研修に参加するスイスの農家たち(C)Josy Taramarcaz AGRIDEA

  ▽飼料としても注目

 スイス国内で販売している枝豆の生産国はどこなのだろう。商品のパッケージを見ると、スイスや中国、イタリアなどと記載されている。とはいえ、スイスで枝豆(大豆)を手がける農家はまだ少ない。

 チューリヒ近郊に「枝豆のパイオニア」と呼ばれる人がいる。12年に食用の栽培を始めたクラウス・ボーラーさんだ。枝豆生産に強い興味を持っていたボーラーさんは、日本人の友人にさまざまな品種を手配してもらうほか、栽培方法を工夫するなど試行錯誤を繰り返した結果、安定して生産することに成功した。そして、当初は150平方メートルだった枝豆畑は、今や100倍の広さにまで広がっている。

 民間組織の「大豆ネットワーク・スイス」によると、14年にスイス国内で収穫された大豆は3882トン。このうち、約半分が食用で残りは飼料という。 飼料として大豆を使うのは、世界的な傾向となっている。拡大する肉や卵、乳製品の消費量に応えるために、飼育する家畜も増えている。その餌として低コストの大豆に白羽の矢が立った。

 スイスでも大豆は飼料として重要な役割を果たしており、主に養鶏で用いられている。国際鶏卵委員会の調査では、スイス人1人当たり2日に1個程度食べている。世界トップクラスの1人当たり1日約1個消費している日本人ほどではないが、スイス人も卵好きなのだ。

 ボーラーさんの成功を見るまでもなく、食用の大豆に需要があることは明らか。農家にとって、このことは大豆生産を始めるきっかけとなり得る。ヨーロッパにおける有機農業団体の先駆けとして知られる、スイス有機農業研究所(FiBL)が有機大豆栽培に取り組もうとする農家を対象にした研修を行うなど支援体制も整いつつある。

2015年ミラノ万博の「日本館」イベント広場で、枝豆とおにぎりを食べる来館者たち。枝豆はヨーロッパでは人気だ

 ▽増産には壁も

 しかし、スイスで大豆を栽培するには課題がある。最も大きいのは気温。大豆生産に最適な気温は25~30度とされる。平均標高が1307メートルで、夏でも最高気温が25度くらいにしかならないスイスでは、大豆栽培が可能なのは標高500メートル以下の土地だけ。涼しい気候でも育つ種の登場が待たれる。国立の農業研究機関であるアグロスコープでは大豆の研究を長年続けており、現在は寒さにとても強い品種の開発を目指しているそうだ。

 栽培に必要な土地の確保も問題。スイスの国土は九州よりやや小さい。しかも国土の3分2をアルプス山脈が占める。耕作に適した土地は国土全体のわずか1割ほどしかない。大豆栽培の現状をまとめたテレビ番組でアグロスコープのアーノルド・ショリ研究員が「大豆の栽培量を増やそうとすると、ジャガイモや小麦などの作物に向けていた耕地を大豆用に使わなくてはいけなくなる」と語ったように、限られた土地で耕作地を増やすのが難しいことは容易に想像が付く。

 そして、価格をどう抑えるかだ。ショリ研究員も「増産ができるかどうかの鍵は、価格」と指摘する。スイスの農産物はもともと非常に高価。輸入大豆の価格がよほど高騰しない限り、国産大豆の方が高いままなのだ。増産しても売れなければ、農家も二の足を踏んでしまうに違いない。

 簡単に大豆の生産量は増えそうもないことは現実だろう。それでも、こんな期待をしてしまう。枝豆や豆腐の人気がさらに高まることで、少なくとも食用大豆は全てスイス産にできるかも、と。(スイス在住ジャーナリスト、岩澤里美=共同通信特約)

名峰マッターホルン。山国スイスを代表する景色だ=スイス・ツェルマット(共同)