「メロンジュース」、グラビア、手術 HKT朝長美桜「やりきった」卒業

©株式会社西日本新聞社

HKT48の看板を背負ってきた2期生・朝長美桜(21)が、15日の劇場公演を最後にグループを卒業した。劇場から人気に火が付き、グラビアでも活躍した。常に穏やかな空気をまとい、気が弱そうな印象を与えるかもしれないが、中身は正反対。自分の決めた道を突き進む強さがあった。

2018年のAKB48選抜総選挙。最後の立候補と決めた。注目を集めるグループの一大行事に参加しないことはリスクもあったが「もう決めちゃったから」と言い切った。盟友・田島芽瑠(20)が少し笑いながら「一度決めたらもう変わらない」と応じたのを思い出す。結果、グループとして6番手の48位に入り、安定した人気を証明した。

彼女のアイドル人生の転機となったのも、この年だった。現在、チームKが上演中の劇場公演「制服の芽」。48グループでも屈指の激しいダンスを求められ、おそらく彼女が経験した中でも一番のハードな公演となった。ダンスは決して得意な方ではない。それでも全力で向き合った結果、練習中に膝が悲鳴を上げた。半月板を損傷し手術。「痛いし、つらいし」。表情を曇らせた。

めげなかった。ファッション関係の動画配信を続け、ベッドの中では視野を広げようと、ビジネス書を読みあさった。リハビリを続け、ついには1年を経てステージに復帰した。

強い意志と行動力。だからこそ、負傷以前のパフォーマンスがなかなか戻らない自分を、受け入れられなかったのかもしれない。

◆楽しいときも苦しいときも支え合った

それでも、アイドルとして残した足跡は華やかだった。13年、グループを代表する曲「メロンジュース」のダブルセンターの一角を占めた。躍るようなリフレイン、客席を埋める緑色のペンライトとともに「朝長美桜」の名はHKTだけでなく、多くのアイドルファンの記憶に残るだろう。そして、この曲でコンビを組んだ田島芽瑠とは「めるみお」として楽しいときも苦しいときも共に支え合う「友情」を培った。

14年から約4年間、AKB48チーム4などを兼任。15年の選抜総選挙では自己最高の21位に入った。

16年にはソロ写真集「日向(ひなた)」を発表、地元・福岡で記念イベントを開いた。取材時に名刺をもらったのだが、メンバーの名刺はこの8年で唯一のもの。これからも大切に保管していきたい。

走り始めたあの日に思い描いたラストとは違うかもしれない。だが、それも彼女が全力で走り続けてきたことの証しだ。

「悔いはない、やりきった」。本当に心から思えたからこそ、卒業発表時にそう発言したのだろう。これまでとは「違う形」で笑顔を届ける日々へ。デビュー当時と変わらない、カシューナッツのように目を細める笑顔に、また出会えることを楽しみにしている。(古川泰裕)