甲子園のアイドルから神宮の星へ ヤクルト奥川恭伸に見るスーパースターへの道

ヤクルトの新人合同練習に参加し、練習後にファンとタッチする奥川(11)=埼玉県戸田市の2軍施設

 2020年は東京五輪とパラリンピックが開催される。野球界でも「稲葉ジャパン」の金メダルとりに注目が集まるだろうが、主役はやはり陸上と水泳。国内的には柔道、バドミントン、卓球あたりのメダルラッシュに期待したいところだ。

 いずれにせよ、プロ野球のペナントレースが主役の座を守るには、例年以上の盛り上がりを見せることが必要となる。

 そんな球界で、最も熱視線を浴びているのがヤクルトの奥川恭伸投手(石川・星稜高)とロッテの佐々木朗希投手(岩手・大船渡高)だろう。

 昨秋のドラフト会議では、ともに複数球団から指名を受けた超高校級の逸材。中でも1年目から1軍で活躍が期待されるのは奥川だ。早くもチーム関係者のハートを射貫いてしまった。

 1月7日に埼玉・戸田で行われた新人の合同自主トレーニング。日頃は閑古鳥の鳴く球場に250人のファンが駆けつけ、多くの警備員が配置された。混乱を避けるための“奥川シフト”だ。

 自主トレ初日とあって、ランニングにキャッチボール主体の軽いメニューだったが、視察に現れた高津臣吾新監督はその素材の良さに早くもメロメロ。「いい顔をしているね。腕の振りもスムーズだし、下半身の使い方も素晴らしい」

 多少のリップサービスを差し引いても、完成度の高さに驚いていた。3日目に行われた1000メートル×3の持久走でも、他のルーキーたちを圧倒する走力も見せつけて上々のスタートを切っている。

 現時点では2月から始まる沖縄キャンプの1軍での参加が決まったわけではない。金の卵だけに故障を防ぎ大切に育てる基本方針は変わらない。

 一方で可能ならシーズン半ばからでも一軍に抜擢し、できれば先発ローテーションの一角を担ってほしいというのも本音だろう。

 ロッテの佐々木が将来性の評価なら、奥川は即戦力の期待を背負っている。そこには深刻なチーム事情がある。

 昨季はセ・リーグワーストタイの16連敗を喫するなど最下位に沈んだ。中でも投手陣は壊滅状態に近く、チーム防御率は4.78と、こちらも12球団ワーストだった。

 二桁勝利の投手もいない現状では、今季はともかく早晩奥川がエースに成長してチームの救世主となるだろうと専門家も見る。

 「マー君(大リーグヤンキースの田中将大投手)にそっくり。腕の振りがいいし、下半身を使えるともっと良くなる。間違いなくプロで活躍できる」と、元ヤクルト監督の野村克也氏も日頃の辛口評論を忘れて絶賛する。

 野村氏が指摘するように田中投手のプロ入り時を彷彿とさせる。

 風貌もどこか似ているが、150キロ超の快速球と鋭いスライダー、剛腕ルーキーにありがちな制球の乱れもない。このまま順調に育てば田中クラスの大エースになっても不思議ではない。

 球界は近年、大きな曲がり角に差し掛かっている。少子化に伴う子どもたちの野球離れと競技者の減少である。

 この問題は関係者の地道な努力はもちろんだが、現場的な見方をすれば「スーパースター」の出現が近道となる。

 古くは長嶋茂雄と王貞治のON砲から落合博満、イチローに松井秀喜の各氏。投手なら江川卓、野茂英雄氏や松坂大輔、田中将大、さらに大谷翔平らの名が浮かぶ。

 スーパースターを定義すれば「異能」の持ち主であり、圧倒的な技量で全国のファンを熱狂させるスターの中のスターと言うべきか。

 残念ながら近年は各地方のフランチャイズ化が進み、テレビの地上波での露出が減っていることもあり、圧倒的な全国区スターは生まれにくい。

 田中や大谷のように海外への挑戦を選択する選手も増えている。まだ、プロで1勝もしていない奥川を彼らと比較することはできない。だが、高校を出て1年目の素材としては彼らの同時期と遜色がないのも事実だ。

 スター誕生は「時の運」とも無縁ではない。ヤクルトは弱体投手陣の救世主を望み、日本シリーズで6連敗中のセリーグは打倒パ・リーグの切り札が欲しい。

 そして球界全体もまた、人気復活の起爆剤が必要である。

 甲子園のアイドルから神宮の星へ。奥川にはスター街道を歩んでほしいという期待感がある。久々にスーパースターの香りがする若者に注目していきたい。

荒川 和夫(あらかわ・かずお)プロフィル

スポーツニッポン新聞社入社以来、巨人、西武、ロッテ、横浜大洋(現DeNA)などの担当を歴任。編集局長、執行役員などを経て、現在はスポーツジャーナリストとして活躍中。

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