どうするネットでの差別対策  自治体の取り組みに限界 川崎の差別禁止条例(3)

 全国初の刑事罰を備えた川崎市の差別禁止条例は、審議でさまざまな議論がなされた。差別とは何か、ヘイトとは何かが問い直される場面もあった。そして、課題も残った。刑罰の対象が公共空間でのヘイトに限られ、深刻化しているインターネット上の差別は罰せられない。世界中がつながるネットの世界への対応は、自治体だけでは限界がある。国会も動き始めた。(共同通信ヘイト問題取材班)

川崎市議会の委員会で、条例素案の修正点について説明する市の担当者(中央)ら

 ▽日本人への差別?

 議会審議では条例の運用に懸念の声が出ていた。市議会の委員会では採決直前まで、自民党市議が「罰則対象の範囲がはっきり見えない」と指摘。隣国に対する歴史観を主張することも罰則対象になると誤解している市民が多数いるとして、「表現の自由が萎縮する恐れがある」と懸念を示した。

 市側は、素案段階では不明瞭だったヘイトスピーチの定義を「当該国または地域の出身であることを理由として」と、属性を理由とする差別であることを明確に規定し、さらに「解釈に疑義が生じないよう(成立後に)解釈指針を定める」と表明し、理解を求めた。

 川崎市が意見を募ったパブリックコメントの中には、条例は「日本人に対する迫害・言論弾圧・差別だ」との反対意見が40件近くあった。こうした背景もあってか、自民党は委員会に条例の付帯決議案を提出。「日本人に対する差別が認められれば罰則改正を含め必要な措置を講ずる」との表現を盛り込んだ。

 一方、他会派は「日本国民への差別的言動は立法事実(制定の理由となる事例)にない」などと反対した。多数派の日本人に対するマイノリティーからの差別による被害はなく、自民の決議案は「ヘイトスピーチ対策法が対象とする外国人差別を逸脱する」と反発を受けた。

 議論の結果、外国人を対象としないものでも「不当な差別的言動による著しい人権侵害が認められる場合には、必要な施策及び措置を検討する」との文言に変えた付帯決議が採択された。結局、市議会本会議では自民を含む全会派一致で条例は成立した。

差別禁止条例の成立後、取材に応じる川崎市の福田紀彦市長

 ▽ネット対策に限界

 川崎市条例では、インターネット上の差別表現は刑事罰の対象外とはならず「市は拡散防止に必要な措置を講ずる」と明記された。

 素案では「検討する」との表現にとどまっていたため、市の実施義務が明確化され、一歩前進した。ネット上でヘイトの被害を受けた在日コリアンらは歓迎する。

 具体的措置は明文化していないが、市の担当者は「削除要請や発信者情報開示請求といった措置を想定している」と話している。

 現状では、被害者や通報者からの求めに対するプロバイダー(接続業者などネット事業者)側の反応は鈍い。法的手続きを取る場合も、労力や費用負担が大きい。条例は、市がどこまで積極的に動くのか明言していない。被害者らは、市が主体的にプロバイダーに対応することを期待している。

 福田紀彦市長は条例成立後、ネット対策について「条例は世界中で起きている事象を対象にしていないので、一定の限界はある」と述べ、自治体による施策の限界を指摘した。

 ▽被害者は泣き寝入り、立法の行方は

 国会は既に動きだしている。ヘイトスピーチ対策法の制定に尽力した超党派の「人種差別撤廃基本法を求める議員連盟」が次に目指すのは、インターネット上のヘイト規制だ。昨年12月3日に国会内で集会を開き、与野党の議員がネットの人権侵害対策を話し合った。

 翌4日には、議員向けのセミナーが国会内で開かれ、弁護士や研究者らが作成した対策法モデル案が公表された。ネット事業者に情報開示などを求めるもので、弁護士は「人権侵害書き込みの削除や訴訟までのハードルが高く、被害者は泣き寝入りしている」と現状を説明、法的な救済策の必要性を訴えた。

インターネット上の人権侵害に対するドイツの法制度を国会内で紹介する龍谷大の金尚均教授

 モデル法案の名称は「ネット上の人権侵害情報対策法」で、名誉毀損(きそん)とプライバシー侵害、人種差別の禁止を明確化した。政府に置く委員会が市民から人権侵害の申し立てを受けた場合、委員会はプロバイダーに削除要請をし、プロバイダーは速やかに審査しなければならないと定めた。匿名による差別の書き込みを削除させる裁判は被害当事者にとって負担が大きいため、モデル法案では手続きを簡略化した。

 セミナーで龍谷大の金尚均(キム・サンギュン)教授(刑法)は、ドイツの法制度を紹介した。「大手ネット事業者は苦情を受けて24時間以内に書き込みを削除し、情報開示にも応じる」。出席した野党国会議員らは「与野党を超えて法整備を進めたい」と話した。(終わり)

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