ラグビー選手の背中にある「盛り上がり」の正体  W杯日本代表の躍進支えた陰の立役者

GPS機能が付いた器具を身につけているドイツのサッカー選手=14年10月、ドイツ・フランクフルト(共同)

 2019年9月から11月にかけて日本で開催されたラグビーのワールドカップ(W杯)は、史上初となる8強入りを果たした日本代表の活躍もあって列島を熱狂に巻き込んだ。

 その盛り上がりは社会現象とも言えるほどで、結束をうたうスローガン「ONE TEAM(ワンチーム)」は同年12月に発表された新語・流行語大賞の年間大賞に選出。国内最高峰のトップリーグ(TL)が開幕した12日には、ほぼ満員となった秩父宮ラグビー場(東京)を始めとする各地のスタジアムに大勢のファンが詰めかけた。

 W杯期間中、日本代表の試合映像を見ていて、選手の背中に「縦長の四角い盛り上がり」があることに気づいた人も多いだろう。敵味方の関係なく全ての選手に共通して付いている、この奇妙な物の正体は「GPSトラッカー」。衛星利用測位システム(GPS)を利用した端末で、グラウンド上で選手がどう動いたかを数値化することができる。ラグビーではTLのチームも導入しているほか、サッカーでは各国代表やクラブチーム、米プロバスケットボールNBAやアメリカンフットボールNFLなどでも採用されている。

 ▽データからトレーニングを組み立て

 そして、これが日本代表の快進撃を引き出した陰の立役者でもある。

 GPSトラッカーの仕組みはこうだ。GPSによって描かれる選手の位置情報の変遷を基に、移動距離や速度、加速度などのデータを記録する。こうして集められた数値は「トラッキングデータ」と呼ばれる。日本代表の太田千尋ストレングス&コンディショニング(S&C)コーチはこのトラッキングデータを駆使して、日本代表のパフォーマンスを高めてきた。

 選手、そしてチームが目指す数値目標の中で、太田コーチがいの一番に挙げたのが「BIP」。「Ball In Play」の頭文字を組み合わせた略語で、試合中にボールを動かしてプレーしている時間を意味する。前後半合わせて、1試合80分で行われるラグビーだが、BIPの尺度から見ると世界のトップクラスによるテストマッチでも「35、36分が平均」(太田コーチ)という。

 「ティア1(強豪10カ国・地域)に当たり前に勝てるチームを作る」。そんな方針の下、日本代表は選手を鍛え上げた。そこで掲げられた目標が、強豪国の平均値を大きく上回る「BIP 40分」だった。結果、今大会で日本代表が戦った5試合のBIP平均値は39分30秒をマーク。ほぼ、目標を達成したことになる。

 BIPで上回る。それが意味しているのは、相手が疲れたときでもボールを動かせるということ。グループリーグを4戦全勝で堂々と突破し、ベスト8に入ってみせた日本代表の強さを裏付ける数字だ。

GPS機能を搭載したセンサー=14年10月、ドイツ・フランクフルト(共同)

 ▽前回大会の2倍に向上

 太田コーチはBIP以外にも、さまざまなデータを駆使してトレーニングを組み立てた。その一つが「HIA(High Intensity Acceleration)」。秒速2・5メートル以上という負荷の高い急加速を1分間当たりで何回繰り返したかを表す指標だ。太田コーチによると、この数値が高いことは「プレー中の動きの質が高い」ことを裏付けているそうだ。

 日本代表のHIA平均値を、15年に行われた前回W杯イングランド大会と比較してみる。イングランド大会は毎分0・8―1・0だったが、今大会ではおよそ2倍の毎分2・0を記録したという。中でも、目立って向上した選手はいるのか? そう尋ねると、太田コーチは迷うことなく具智元の名前を挙げた。スクラムの第一列として相手を直接押す役割のプロップだ。

 高強度加速の回数はFW内でトップ、チーム全体でも上位に入るそうだ。「フロントローであんなに動ける選手は世界でも少ないのではないか」。太田コーチはそう話す。具といえば、アイルランド戦の前半35分ごろ、相手ボールスクラムを押し切って反則を得た場面で見せたガッツポーズが話題となったが、パワーとスピードを高いレベルで兼ね備えている。

 試合後半に出てきて勝利を決定づけるゴールに何度も起点となったベテランSHの田中史朗もHIAの数値が高かったという。

 HIAと並ぶ指標が、肉体に負荷のかかる動きを表す「HIE(High Intensity Effort)」。全力疾走や急加速、急減速、ジャンプに加え、タックルなどのボディインパクトを1分間あたりの回数で示すものだ。この数値が高かったのは、タックルを含めたコンタクトが強かったCTB中村亮土とナンバー8の姫野和樹だったそうだ。姫野といえば、タックルされた直後の相手が持つボールに絡み、奪う「ジャッカル」が大きく取り上げられたが、HIEの高さを踏まえるとうなずける。

ラグビー日本代表の宮崎合宿でバル(左)の背中につけたGPS機器を取り外す庭井=18年10月、宮崎市

 ▽プレーを丸裸に

 ラグビー選手のパフォーマンス向上に役立っているGPSトラッカーだが、日本代表の各選手が着用していたのは、縦74ミリ、横47ミリ、厚さ17ミリで重さは50グラムの端末で、ニュージーランドの会社のものだ。国際統括団体ワールドラグビー(WR)はこのほか、数種類のGPSトラッカーの端末を承認しており、今大会でも各チームがそれぞれ選んだ端末を着用してデータを採取していた。

 トラッキングデータの採取方法はGPSの他にも、カメラで撮影した動画を画像解析してデータ化する方法もある。GPSは屋内では使用できず、カメラ方式は設置に労力とコストがかかるなど、それぞれに一長一短がある。近い将来には双方を組み合わせてさらに詳細で正確なデータを取る方向に向かうのではないか―。太田コーチはそう予想する。つまり選手は、自身のプレーの量や質がますます丸裸にされることになる。

 23年の次回W杯フランス大会で日本代表が目指すのは、もう一段上のベスト4になるだろう。それを実現させるために、トラッキングデータが活用される範囲を広げていくのは間違いない。(共同通信=山﨑惠司)

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