あるべき姿を描き、最適なテクノロジー活用が進むデルタ航空 -CES2020レポート5

開幕前日のプレショーキーノートはサムスンだったが、開幕当日朝はデルタ航空のキーノートで始まった。

登壇したのはCEO就任後4年目となるエド・バスティアンだ。

デルタ航空の名前を知っている人は多いと思うが、デルタ航空が世界で最も革新的な企業の一つであるという事実や、デルタ航空が提供しているサービスをちゃんと理解している人は少ない。

既にデルタモバイルアプリでは旅行者の不安につながる荷物の状況や、到着した空港の地図などを提供している。特にRFIDを利用した荷物のトラッキングを全世界規模で導入している航空会社はデルタ航空だけである。

サービス提供の背景には、デルタ航空が描く理想のトラベルジャーニーがあり、その状態に近づけるために必要なことを一つずつ提供している。

イノベーションR&D; THE HANGARは荷物のトラッキングサービスも開発

あの手この手で、ストレスをなくす

デルタ航空の描く理想のトラベルジャーニーはクリエイティブなものではなく、些細なことも含め、一つ一つの「ストレスを無くす」ことにある。

キーノートでもこの考えは再三述べられていて、社内のR&DチームであるTHE HANGARを中心に様々なリサーチをしているという。

またストレスの多くは「わからない」「不安・不信」「希望(予定)通りにならない」に包含されるようだ。

例えば、空港に降りた時にどこで荷物が受け取れるのか、自分の荷物がちゃんと出てくるのか、といったことが解消されるとストレスは1つ減る。空港の税関を抜けた後、どこで予約した車に乗れるのかがすぐにわかるようにすると、新しい空港でも予定通りに移動できる。そのために今回のキーノートで配車サービスのLyftとの提携を強化する。

そして配車サービスの利用をスムーズにするだけでなく機内エンタテインメントやホテルの予約までをシームレスにすることも進めているということだ。

Lyftの創業者ジョン・ジマーも登壇し、提携強化を発表

ストレスリサーチは飛行機の乗客だけでなく乗務員や整備員などサービスを提供する従業員も対象になっている。

良い顧客サービスを提供するためには顧客サービスを提供する従業員にストレスがあってはいけない、という考えが根底にあり、従業員がストレス無く気持ちよく業務ができることで、顧客満足度も向上していく。

言われてみれば当たり前のことだが、「従業員はストレスを押し殺して最高のサービスを提供するべき」ということがこれまでの仕事では珍しくなかった。

こういったところにも時代の変化が見て取れる。

SARCOS社のパワードスーツSarcos Guardian XOはバッテリーで長時間駆動

従業員のストレスの具体例として挙げられていたのは、フライトルートの天候予測とそれに伴う飛行機の揺れの予測だ。

いつ頃機体が揺れそうだ、という情報を先に知らせておくだけでストレスが軽減される。人は予想外のことがあると不安を感じ、ストレスになるが、IoTやAIの進化で、予測性能が向上するため、既に天候と揺れの予測は業務に取り入れている。

新しいテクノロジーもどん欲に活用

また整備士の作業ストレスの軽減のためにSARCOS社のパワードスーツを導入することを検討している。

このパワードスーツを着用すると疲労なく最大90kgのものを数時間繰り返し持ち上げることができる。巨大な部品が多い飛行機のメンテナンス作業のストレスを軽減するわかりやすいアプローチだ。

1つの画面を確度を変えた複数の鏡で見ると、それぞれ表示が異なっている
複数の方向に異なる光を放射するドットライトとトラッキング用のAIカメラ

また、顧客向けに新しいサービスを複数検討しているという。

例えば機内Wi-Fiを完全無料で提供することや、機内のヘッドフォンをBluetooth対応とするなど、ワイヤレス化を促進しようとしている。機内で知り合い同士がコミュニケーションできるサービスも予定している。

先述の社内R&DのTHE HANGARが今夏デトロイト空港で実証実験を行う予定のパラレルリアリティは世界初の新しいテクノロジーだ。

公共の場において、1つのディスプレイで複数の表示を同時に実現できる技術だ。現在はチケットの情報とAIカメラによる追尾で誰がどこの国から来た人なのかを認識し、その人の視点から見た時だけその人に必要な情報を表示できるようになっている。同様に同じ情報を国籍の違う人を見極めて、それぞれの母国語で表示するようなことも可能だ。

これは視点の角度を利用して、情報表示する一つ一つのドットライトが数万以上の方向に異なる光を放射できるようになっていて、それが表示対象者をトラッキングするカメラと連動して作動する仕組みだ。

パラレルリアリティのようなダイナミックなマルチ指向性ディスプレイは飛行場のみならず様々なシーンでの活用が期待されるニューテクノロジーでもある。指向性スピーカーとの連携なども期待されるところだ。

従業員代表が登壇、様々な人が様々な業務に取り組んでいることがわかる

ビジョンからはじまる、テクノロジーの活用

デルタ航空の企業文化の根幹にダイバーシティとインクルージョンがあることをキーノートの最後に、全世界に8万人いる従業員の代表が登壇し写真撮影を行うことでも表現していた。

これをまずは乗客に反映すべく、従業員のストレスを無くし、ストレスフリーの連鎖をテクノロジーによって構築していくことを宣言した。

デルタ航空が適切なテクノロジー活用を実現している背景にはビジョンとして「理想のトラベルジャーニー」のイメージが確立していることにある。

ビジョンが明確になっていないままテクノロジー活用をすると、テクノロジーでできることを単純に提供してしまうことになる。

多くの企業がテクノロジー活用で失敗するケースがこれだ。未来を創るためにはまずは「あるべき姿」を可視化し、関係者で共有理解することが重要である。

そういう意味では、今回のCESでトヨタが創りたい街を可視化し、ソニーが創るべき車を可視化したことはその一歩なのだろう。

デルタ航空が描く理想のトラベルジャーニー

※参考URL:https://news.delta.com/delta-future-travel-experience

デルタ航空のキーノートはまさに事業にテクノロジーを適切に取り入れたデジタルトランスフォーメーションの象徴的なモデルケースの紹介だった。

そしてデルタ航空の事例が、2020年代のテクノロジーの捉え方であるというCTA(CES主催団体)からのメッセージでもあり、この実態を認識しているか否かで、今後のテクノロジーとの向き合い方が大きく変わるのではないだろうか。

引き続き、デルタ航空のようなビジョンを持つ企業のテクノロジー活用に注目していきたい。

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