元アイドル「平松まゆき」いまはソウルフルな弁護士歌手

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「小さいころから勉強好きだった」
平松まゆきは、そう言う。

もうひとつ好きだったのが芸能界だった。12歳のとき「東鳩オールレーズンプリンセスコンテスト」でグランプリに輝き、憧れのアイドルに。17歳で歌手デビューもした。

「マライア・キャリーに憧れて、ソウルフルなアーティストを目指していました」

だが19歳のころ、大学生の友達に刺激を受けた。5カ月間の受験勉強。第1志望の立教大学文学部に合格した。1年生の終わりに、芸能活動はやめてしまった。

大学院まで進んだのち、外資系の製薬会社で働いていたが、心は満たされなかった。

「30歳を目前に、不安が押し寄せてきたんです。『これまでの人生、歯を食いしばって試練を乗り越えたことが何もない。こんな生き方でいいんだろうか』と……。

そんなとき、『名張毒ぶどう酒事件』のドキュメント番組を見ました。冤罪を訴える死刑囚のために活動する弁護士たちの姿に、胸を打たれました」

一念発起し、会社を辞めて33歳で名古屋大学法科大学院に入学。1日16時間の猛勉強をし、38歳のとき、3回めの挑戦で、司法試験に合格した。

「試験前はいつも泣いていましたし、何度もくじけそうになりました。合格したときは嬉しさより『やっと許してもらえた』という思いでしたね」

2017年1月、大分市内で「平松法律事務所」を開業した。

「依頼者の9割は女性です。毎日全力で、依頼者の悩みに寄り添っていきたいです。また、ハンセン病元患者家族の弁護団のひとりとしても活動しています。2019年6月に、熊本地裁で勝訴判決をいただいたときは涙が出ました」

きりっとした表情で話す。

「開業して1年間は、ほとんど休みを取りませんでした。2年めに入ると、土日が嬉しくなりました。週末は電話が鳴らないので、仕事に集中できるから(笑)。『これではまずいぞ』と、いまは土日のどちらかは、必ず休むようにしています」

どこまでも仕事熱心な平松だが、じつは歌も続けている。

「呼ばれれば、たまにライブで歌っています。自分の曲から、古いソウルまで。『シンガーソング・ロイヤー(法律家)』なんですよ」

ひらまつまゆき
1976年8月17日生まれ 大分県出身 12歳から芸能活動をスタート。1994年、歌手デビュー曲『たかが恋よ されど恋ね』は『世界ふしぎ発見!』(TBS系)のエンディング曲になる。その後、OLを経て弁護士資格を取り、2017年、大分市で「平松法律事務所」を開業。離婚、相続から交通事故まで、地域の人の依頼に幅広く応えている

(週刊FLASH 2020年1月21日号)