なぜ? 中国がインゲン豆語源の僧侶アピール  習近平国家主席の称賛きっかけに

By 石川 陽一

 江戸時代に中国から来日してインゲン豆を伝え、その語源になったとされる高僧、隠元隆琦(いんげん・りゅうき)(1592~1673年)の宣伝に中国が力を入れている。明の文化を日本にもたらし、禅宗の一派「黄檗宗」の開祖となった功績を習近平(しゅう・きんぺい)国家主席が称賛したことがきっかけだった。出身地の福建省のゆかりの寺院では大規模改修が急速に進む。観光客誘致を含む対日交流に活用する狙いだが、日本の専門家から「習指導部の権威付けが目的の宣伝工作だ」との指摘も出ている。(共同通信=石川陽一)

黄檗山万福寺に安置された僧侶隠元の像=2019年10月29日、中国福建省福清市(共同)

 ▽報道陣を招待

 昨年10月、記者は中国駐長崎総領事館が地元報道機関を対象に主催した取材ツアーに参加した。交通費や宿泊費など全額を総領事館が負担する「招待旅行」だったが、共同通信は一部の費用負担を申し出て、航空券代については自社で支払った。

 テーマは「隠元禅師と黄檗文化」。現地では福建省外事弁公室の職員が付きっきりでガイド役を務め、4泊5日の日程で隠元が来日前に関わった寺院を巡った。今春予定される習氏訪日に向け、歓迎ムードを盛り上げる狙いもあるとみられる。

 ▽巨大石碑

 隠元が来日前に住職を務めた黄檗山万福寺(福建省福清市)が、ツアー最大の目玉となった。

 「隠元禅師は仏教だけでなく先進的な文化と科学技術も伝え、日本の社会と経済の発展に大きな影響を与えた」。山門をくぐると、習氏の言葉を刻んだ高さ約4メートル、横約6メートルの巨大な石碑。その威圧感に記者は思わず圧倒された。

僧侶隠元が来日前に住職を務めた黄檗山万福寺に設置されている、中国の習近平国家主席の言葉が刻まれた巨大な石碑=19年10月29日、中国福建省福清市(共同)

 石碑の言葉は2015年5月、北京で開かれた日中観光交流イベントに参加した日本訪問団の前でのスピーチの一部。定明(てい・めい)住職は「この発言で隠元が日本にもたらした黄檗文化への注目度が高まった」と誇らしげに語る。定住職によると、習氏は国家主席就任前の福建省勤務時代に複数回、万福寺を訪問。隠元の功績を学び、感銘を受けたという。

 万福寺は1200年以上の歴史を誇るが、文化大革命などを経てほぼ廃墟と化し、最近まで本格再建の動きは無かった。ところが習氏のスピーチの翌年、福建省出身の著名実業家が約3億元(約48億円、1月21日時点)を寄付し、急速に全面改修された。広大な敷地には今、装飾された真新しいお堂が建ち並び、中には金色に輝く大量の仏像。隠元顕彰にかける関係者の力の入れようが伝わってきた。

 ▽日本に貢献

 黄檗文化復興を掲げる交流促進団体も日中双方に設置され、隠元の4代目の弟子が開いた虎渓岩寺(福建省アモイ市)は約3年前に日本側寺院との交流に着手。敷地内に隠元の記念像を建設中で、応接間には日本から訪れた僧侶との記念写真が飾られていた。浄心(じょう・しん)住職は「習氏の発言が後押しになっている。隠元の偉業を日本に広め、友好に役立てたい」と意欲を示した。

 卓を全員で囲む食事様式など、黄檗文化は日本の現代生活に根付くものも多いとされる。アモイ大の林観潮(りん・かんちょう)准教授(宗教学)は「隠元の教えは宗教を超えて社会に溶け込み、日本の近代化に貢献した。その価値を再評価すべきだ」と主張する。

 ただ、福建省関係者は「隠元の名は中国で必ずしも一般的に知られているわけではない」と打ち明ける。17世紀にオランダ軍から台湾を解放し、中国の国民的英雄となった明朝の遺臣、鄭成功(てい・せいこう)が隠元の日本渡航を支援したとの説があり「隠元の知名度アップに活用したい」という。

 ▽未知数

 日本でも、こうした隠元顕彰に呼応する動きが出ている。

 隠元が日本で最初に上陸した長崎。県などは19年6月、黄檗文化を巡るシンポジウムを長崎市で開いた。習氏はこれに合わせ、中村法道(なかむら・ほうどう)知事宛てに「中国との交流を推進したことを称賛する」とのメッセージを送った。県側は、これをシンポのパンフレット冒頭に習氏の顔写真付きで掲載して蜜月ぶりをアピール。県職員は「習氏来日の際はぜひ長崎にも足を運んでほしい」と期待する。

 このほか、今秋には長崎歴史文化博物館(長崎市)が関連資料などを集めた特別展を開催。京都府宇治市の黄檗宗大本山、万福寺も中国の関係者を招き、大規模な法要を22年に予定している。

 ただ、こうした交流がどこまで広がるかは未知数だ。

 長崎県立大の鈴木暁彦(すずき・あきひこ)教授(現代中国論)は、中国側の隠元顕彰の動きは「中国の現体制に有利な世論づくりを狙った政治的プロパガンダだ」と指摘。内政、外交ともに強権姿勢を強める習氏を念頭に「自由や人権を認めない国が一方的に価値観を押しつけても、大半の日本人の目には冷ややかに映るだろう」と分析した。

寄付金で全面改修された黄檗山万福寺の堂=19年10月29日、中国福建省福清市(共同)

 ▽取材後記

 取材ツアーで訪れた福建省の万福寺は全面改修しただけあって豪華絢爛、全てがきらびやかだった。だが、京都の清水寺や銀閣寺を訪れた時に感じた、歴史の重みが醸し出す風情はそこにはなかった。国の指導者が褒めたから持てはやす。それだけで文化や価値観を洗練していくのは難しいだろう。「習氏のおかげ」と胸を張る住職たちの姿には、強い違和感を覚えざるを得なかった。

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