雲仙⇔東京 半D半Xのすすめ デザイナーの地方進出促す 都内でイベント 小浜への移住者3人がパネル討論

(左から)伊藤さん、古庄さん、城谷さん

 長崎県雲仙市では数年前から若手デザイナーやクリエーターの移住が増えつつある。この流れを加速させ、定住促進に弾みをつけようと市は昨年末、都内で「雲仙⇔東京 半D半Xのすすめ」トークイベントを開催。雲仙市小浜町で働く移住者の“先輩”が会場の約100人を前に、地方でデザイナーとして働く魅力などについてパネル討論を通して語った。▽デザイン事務所「スタジオ シロタニ」代表の城谷耕生さん(51)▽「景色デザイン室」の古庄悠泰さん(30)▽機織り機を使った布製品づくりや北欧雑貨を販売する「Tv:attlina(トヴェットリーナ)」の伊藤香澄さん(36)-の3人。主な発言を紹介する。

 -小浜町に住むことになったきっかけは。

 城谷 もともと小浜町出身なのでUターンになる。1991年からイタリア・ミラノの建築デザイン事務所で約10年間働いて2002年に帰国。開業場所を選ぶ際、人件費や家賃を考慮し「地元に戻ったほうが安く済む」との安易な発想だった。でも、目の前に海、裏手に山、すぐそばに温泉。とても恵まれた環境で、選んで正解だったと思う。

 古庄 大学3年でデザインを学んでいた時、城谷さんを招いた講義があった。話がとても新鮮で、何度か会いに行った。ちょうど城谷さんが、過疎化が進む刈水地区の調査研究をしていたころ。「この人の元で働きたい」と思い、同地区でルームシェアをしながら、スタジオ隣にあるカフェ「刈水庵」の店長として働いた。やりたいことと、ここで働きたいと思った場所が小浜町。16年に独立して今の事務所を構えた。

 伊藤 福岡で生まれ育ち、大学時代にデンマークとスウェーデンに留学し、ものづくりを学んだ。東京の広告会社に勤務し、数年前からリモートワーク(在宅勤務)をしている。東京在住だったが、リモートならどこに住んでもいいと考えた。移住相談会で小浜町を知り、17年に移住。自前の機織り機を置ける広さがあったのが一番の決め手かも。

 -地方で仕事はあるのか。

 城谷 20年前は東京や大阪、京都などの仕事が多く、建築デザインは「一部のお金持ちのステータス」だった。都市部は仕事も多いが、デザイナーも多い。小浜町など地方では、企業などがデザインの重要性をあまり認識していなかった。ロゴやパッケージなどイメージ戦略を提案するのもデザイナーの役割。重要性が理解され浸透したのか、小浜に限らず地方での仕事は確実に増えている。

 古庄 日々の暮らしの中で、知り合いを通じて依頼がくる。営業したことがなく、他愛のない会話の中から仕事が生まれている感じ。人のつながりで仕事をさせてもらっている。仕事ぶりをちゃんと見てくれているんだろう。目の前の仕事に一生懸命取り組んだことがよかったのかもしれない。

 伊藤 私が住んでいる場所は、古庄さんが以前住んでいた家。よそ者を受け入れる土壌がある状態で移住してきたので、住民とも自然に打ち解けた。事務処理などの仕事はリモートでこなし、東京の会社に顔を出すのは年2、3回程度。それ以外は小浜で機織りに専念し、ワークショップなどを開いている。のんびり感を楽しんでいる。

 -デザイナーが地方で働く上で大切なことは。

 城谷 田舎や小さな町の文化レベルを上げることが、国全体の水準を上げることにつながる。コンパクトで洗練された町は、海外から見ても魅力的。今後、デザイン業は箱やロゴだけにとどまらず、まち全体の将来像を描くところまで裾野が広がっていくだろう。学んだスキルをまちづくりに活用すれば、地域全体がブランド化する。人口は減っていくだろうが、生活の質と満足度を高める手伝いをしてほしい。

 古庄 同じ価値観を持つ仲間がいることが大切。自分のデザインを好きだと言ってくれる人が多ければ、自身も楽しくやりがいもある。そういう仲間に出会えたことが何より幸せ。飲み会や雑談の中からアイデアが生まれ、「やってみよう」と異業種連携の企画が動きだすこともある。

 伊藤 東京時代は何を楽しい、気持ちいいと感じていたか分からなかったが、小浜に住んで、自然の中で過ごす時間がとても心地いい。自分が一番気持ちいいと思える場所であることが大切。それがあれば、働く場所はどこでも構わない。

 -移住希望者にアドバイスを。

 城谷 デザイナーは新たな価値を見いだす仕事。現代は消費社会。地方ではあまり消費しなくても、身の回りの物だけで楽しみを創造できる。デザインの力こそ、地方に必要。
 古庄 完璧な準備なんて必要ない。不完全な状態でもいいので、気になったら足を運ぶこと。全国にはいろんな特徴を持った土地がある。それだけ選択肢があることを知ってもらいたい。

 伊藤 毎日の生活が楽しめるよう、その土地のことを好きになれるかどうか。私は小浜が大好き。仕事と自分に費やす時間、どちらもゆるやかに流れ、こんなに豊かな暮らしができるところはない。

 -移住して苦労したことは。
 3人 特になし。(会場、笑い)

約100人が集まったトークイベント=東京都港区、アクシスギャラリー

 ■定住促進へ雲仙市が対策強化 移住者、相談件数ともに増加

 「雲仙⇔東京 半D半Xのすすめ」には、東京都心などで働くデザイナーやクリエイターらが訪れ、長崎県雲仙市の特産品を囲んだ意見交換会もあった。会場には「エタリ(カタクチイワシ)の塩辛」や湯せんぺい、温野菜などがずらり。雲仙市担当者は「胃袋をつかむことも大事」と笑った。
 雲仙市は2017年度からの第2次市総合計画に人口減少対策の一環として移住・定住促進の強化を盛り込み、担当職員を増やして関東や関西地区で催される移住相談会に積極的に参画した。2014年度に年間23件だった移住相談件数は2018年度に95件にまで増加。これらの相談窓口を介した移住者数は2014~2018年度の5年間で33世帯60人に達した。
 本年度は、定住を条件に、結婚した夫婦に最大60万円を交付する結婚奨励金などでてこ入れを図った。その結果、昨年4~12月の移住相談件数は77件に上り、移住者数は45世帯79人(昨年12月現在)になった。窓口を介さずに移住している人もいるため、全体数はもっと多いとみられる。
 イベントに参加したインターネット関連会社勤務の桑野敬伍さん(32)は「住民や顧客との価値観が共有できれば、どこででも働けるというのが心に残った」と感想。静岡県出身で東京の広告会社で働く篠原美由さん(25)は「都会での生活に違和感はある。いろんな生き方があることを知ることができた。食べ物もおいしいので、小浜に行ってみたい」と話し、雲仙市の味覚に箸を伸ばした。意見交換会は次第に熱気を帯び、予定時間を超えても会場の外まで笑い声が響いていた。

雲仙市の味覚が振る舞われた意見交換会=アクシスギャラリー

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