ドル円相場は110円台に突入、1月の「円高アノマリー」は今年も発現するか

為替市場では、例年1月は円高ドル安に振れる傾向があることが知られています。この理由については、米国企業のレパトリ(国外資金の国内への還流)に伴うドル買いが年末で一巡し、需給的にドル買い圧力が弱まることなどが指摘されています。

ただし、これだけだと説得力に欠ける印象です。過去の為替市場が実際にどう動いたのか、振り返ってみたいと思います。


円高展開が常態化する1月相場

まず、2019年の1月3日、いわゆる「アップルショック」によって瞬間的に円高が進行したことは記憶に新しいところです。東京市場が休場だったため、流動性が著しく乏しい中で値が飛んだと言われています。その後、ドルが買い戻されたものの、しばらくは上値の重い展開が続きました。

また、その前年の2018年は、日本銀行が同年最初の金融調節で超長期国債の購入額を削減したことが円急騰を招きました。海外勢を中心に、日銀が量的緩和策の出口を模索しているサインではないかという憶測が強まったようです。

さらに2017年は、前年末にかけての「トランプラリー」が息切れし、年初にドル高トレンドが一巡。加えて、就任間もない米国のドナルド・トランプ大統領が「ドルはすでに高過ぎる」と発言し、一段と円高に振れました。

このように理由はまちまちですが、1月はかなりの頻度で円高ドル安に振れているため、単なる偶然では片付けにくいものがあります。市場が「年初の円高アノマリー」として警戒するのは当然です。

今年は1月の円高アノマリーは不発か

話を現在に戻すと、今年は地政学リスクが円買いの呼び水になりかけた、といえます。

1月3日に米国がイラン革命防衛隊のガーセム・スレイマニ司令官を殺害し、両国の緊張が一気に高まりました。イラン側が報復を予告する中、結局、8日に米軍が駐留しているイラクの基地へのミサイル攻撃を実行。一報が伝わると同時に市場は動揺し、一時107円65銭まで円高ドル安が進行しました。

ただし、報復の連鎖に発展することは避けられ、その後、市場のセンチメントは急速に改善。リスクオンムードの中、一時110円台まで円安が進んでいます。

今年は例年とは様子が異なりますが、IMM通貨先物取引における投機筋のポジションからも円高に振れにくいことがわかります。過去数年は円急騰の直前、投機筋の円売りポジションが高水準にありましたが、今年はさほど円売り持ちが積み上がっていません。

当然、投機筋による円買い戻し圧力も弱いことが想定されます。地政学リスクに踊らされた向きに、再度円買いを仕掛ける余力がそれほど残っているとも思えません。今年に限っては、この先も円高が進むリスクは小さいでしょう。

米国金利の先安観がドルの重石

他方、目先、ドルが一本調子で上値を試すイメージもあまりわきません。確かに中東リスクの後退や、米中貿易協議の「第一段階の合意」は市場心理によい影響を与えているものの、それだけではドルの上昇に限界があるでしょう。

現状、ドルの重石となっているのは米国の金利先安観です。昨年12月の米連邦公開市場委員会(FOMC)で示された各政策メンバーの金利見通しによれば、2020年に利下げを見込む向きは皆無でした。これに対し、米FF金利先物を見ると、市場は年内に1回程度の利下げを織り込んでおり、金融当局とは見通しに差異があります。

もちろん、円安ドル高の進行に米金利の上昇が不可欠とはいえません。とはいえ、両者の足並みがそろわないことに対しては、腰の座りの悪さも感じられます。

なお、金利市場が米国の追加利下げを織り込んでいることについては、景気減速見通しが根底にあると想像されます。たとえば、労働市場の逼迫が言われて久しいだけに、雇用者数の伸びが趨勢的に鈍化していくことは避けられないでしょう。今年、米国経済が曲がり角を迎える可能性は低くないのかもしれません。

反面、大統領選の年に、再選を目指す現職大統領が景気減速を容認することはまず考えられません。それゆえ、金融当局に対する利下げ圧力を強めることもあるでしょう。

結局、当面のドル円相場はどう動くのか

ただ、大統領選の年だけに、米連邦準備制度理事会(FRB)がトランプ氏の要求に応えにくいのも確かです。政治的な中立姿勢を崩すわけにはいかず、追加利下げにはかなり明確な根拠が必要でしょう。いずれは米利下げ観測の後退がさらなるドル高を支援する場面があってもおかしくありませんが、そのタイミングはまだ先ではないでしょうか。

結局、当面のドル円相場は神経質な展開が予想されますが、軽視できないのが日本勢の実需資金の動向です。節目の1ドル110円を突破したことで、「ノックアウト(自動消滅)条項」付きのクーポンスワップが一定程度契約終了となった可能性が考えられます。クーポンスワップについて詳細は省きますが、為替予約と同様の効果が得られる取引です。

たとえば、輸入企業であれば、一定の期間、期日ごとにコンスタントに外貨を調達できる取引ですが、為替レートがあらかじめ決められた水準に達した場合、契約が消滅するのが「ノックアウト条項」です。仮に想定していた水準で外貨調達ができなくなれば、当然ながら輸入企業はその分の対応を迫られます。

日本勢による実需のドル買いが思いのほか根強い可能性があり、リスクはやや円安方向に傾斜しているとみられます。

<文:投資情報部 シニア為替ストラテジスト 石月幸雄>

© 株式会社マネーフォワード