まび日誌―被災記者から「2回目の正月」 自宅で新年 居心地の悪さ

©株式会社山陽新聞社

福山の頂上付近から望む倉敷市真備町地区。初日に照らし出された町域は、一歩一歩復興への道を進む=1日午前7時38分

 西日本豪雨から1年半が過ぎた。被災して2回目となる正月は、リフォームを終えた倉敷市真備町地区の自宅で迎えた。お節料理を詰めた重箱や雑煮のおわんが並ぶ食卓を、家族で囲んだ。

 「勉強を頑張る」「テニスの試合で勝ちたい」。娘たちの1年の抱負を聞きながら過ごす日常のありがたさをかみしめた。

 いつも通りの風景が戻ったものの、窓の外には依然として災害の爪痕が残る。家財道具を搬出したまま手つかずの住宅、建物が解体されて更地になった区画。穏やかな新年にも、何か居心地の悪さを感じる。

 初日の出は、総社市の福山で大勢の参拝者とともに拝んだ。ここで迎えるのは2年ぶり。多くの友人、知人と新年のあいさつを交わし、「災害が起こらないように」と、昇る初日に向かって手を合わせた。

 山頂から西を望めば、真備町地区全体を見渡せる。朝日で輝く家並みを眺めていると、被災が現実のものとは思えなくなる。

 1年前の元日に別の場所から見た真備の光景と比べれば、復興へと歩んでいるのは確かだ。営業を再開したスーパーや飲食店、再建した住宅で暮らす住民を目の当たりにすれば、被災の色が薄らいでいるように映るかもしれない。

 それでも、いまだ仮設住宅で生活する住民は5千人近くに上る。一足先に真備に戻った自分たちは、復興のために何をすればいいのだろう。

 「前を向き、取り戻した普段通りの暮らしをしっかりと続けること。それが早く戻れた人の務め」

 心がすっきりと晴れるわけではないが、東日本大震災の被災地・岩手県釜石市で聞いた言葉を思い出し、自らに言い聞かせた。