エンタメの横顔 — 80年代の音楽シーンを大きく変えた「CD」の登場 ③ 1999年 6月1日 ナップスターのファイル共有サービスが米国で始まった日

【エンタメの横顔 — 80年代の音楽シーンを大きく変えた「CD」の登場 ② からの続き】

1999年にスタートした音楽配信サービス「ナップスター」の影響

誕生後15年余りの1998年には、音楽ソフトの売上高を、アナログレコード時代の最高額の2倍、約6000億円 / 年にまで押し上げたCDですが、それをピークに今度は坂を転がり落ちるように売れなくなっていきました。その最大要因とされるのが音楽配信です。

1999年にスタートした「ナップスター (Napster)」という音楽配信サービス、もう少し具体的に言えばファイル共有サービスは、爆発的に、米国の音楽ファンの間に広まりました。

いや、いいのです。新しいメディアが生まれ、それが人気を博すことは。音楽市場はそうやって発展してきました。SP から LP / EP、そしてCDと、メディアが変わるとともに、音楽の売上は倍旧の勢いで大きくなりました。

ただ問題は、それが “無料” だったことです。ナップスターは、個人が勝手にCDからパソコンに取り込んだ音楽ファイルを、インターネットを通じて交換し合うことができるサービスでした。CDの音源そのものは容量が大きすぎて、当時のネットワークでやり取りするのは現実的ではありませんでしたが、音質をさほど落とさず、容量は10分の1にできる「mp3」の技術もできていました。CDはコピーガードがかかっていないので、いとも簡単に mp3 化することができました。mp3 もコピーフリーなので、複製も移動も自在です。

とは言え、その頃の貧弱なネットワークでは、mp3 であっても送信するのに分単位で時間がかかったはずですが、それでもタダより安いものはなし、米国の大学生たちを中心に、社会現象となるほど盛り上がったのです。

ソニーミュージックが立ち上げた「bitmusic」の問題点

それに対し、レコード会社など音楽業界側はどう動いたか。まずは「違法のとんでもない行為だ」と真っ向からのネガティブキャンペーンと訴訟、これはまあ、当事国の米音楽業界の話ですが、日本では、その災禍が飛び火し大きなダメージを受ける前にと、レコード会社自ら音楽配信サービスを展開していくことになりました。

早くも1999年中に、ソニーミュージックが「bitmusic」というサービスを立ち上げ、12月20日には、曲数はわずか数十ながら、配信を開始しました。

これを書きながら、「貸レ問題」について書いたことを思い出します。私は、レンタルという新しいサービスを潰そうとするだけで、ユーザーのことを考えなかったレコード会社を批判しました。なぜ、自らレンタルサービスを提供する発想がなかったのか、と。 ※『歴史の if を考える ― 音楽業界が自ら「貸レコード」に取り組んでいたら? ①』参照

音楽配信では、レコード会社自らが乗り出した。そこまではよかった。しかし…、その内容が大失敗でした。コピーフリーこそがファイル交換や違法ダウンロードの元凶だと怖れるあまり、mp3 に相当する圧縮ファイルに、異常なまでに厳重なコピーガードをかけたのです。それを「コピーコントロール」と呼んでいましたが、まず複製はできない。だから、パソコンにダウンロードしたものを携帯プレイヤーにコピーして聴こうと思っても、できない。その代わりに「ムーヴ(move)」と言って、“移動” することはできる。つまり携帯プレイヤーに移したら、パソコンからは消えるわけです。その移動ができる回数まで、たしか3回とか、決まっていました。

誰がそんな面倒くさいもの、好んで買います? 値段も、初期は1曲350円とかだったなぁ。ほんとにレコード会社はユーザーの気持ちを考えないですね。なんて言いながら、私もそのレコード会社の一員だったのですが…。

音楽の違法配信とレンタルCDの微妙な関係

結果的に日本では、違法配信はさほど広がりませんでしたが、それは決して正規の配信サービスに流れたからではなく、レンタルCDがあったからでしょう。

CDをレンタルして、パソコンで mp3 に変換してはすぐに返却する。さらには仲間内で mp3 をコピーし合う。ネットワークの貧弱な当時では違法配信よりも手軽で安上がりでした。しかもCDから自分のために mp3 化することは、著作権法で認められている「私的録音」の範囲だし、仲間に配るのは厳密には違法だけれど、モノを盗むのとは違って、デジタルファイルの複製には、罪の意識が希薄です。

というわけで、mp3 に変換するソフトが普及した1999年から、日本の音楽ソフト売上げは下降線を辿ることになったのです。その後、正規の音楽配信も使いやすくなり、「着うた」が一時ブームになったりしつつも、CDの落ち込みをカバーするには及ばず、一応ここ数年は下げ止まっている感がありますが、2018年の一年を見ると、音楽ビデオや音楽配信を入れても3048億円で、1998年のざっと半分です。それでもまだ、日本は世界で最もCDが売れる国なのです。世界的に見れば、CDというメディアはもう絶滅危惧種と言ってもいいのかもしれません。

音楽配信サービスが最初からもっと使いやすく、値段ももっと安かったら、そちらにユーザーを呼び込めたかというと、そんなことはないと思います。やはり “レンタルCDから mp3” には勝てなかったでしょう。

私は、CDの致命的欠陥は “コピーガードがなかったこと” だと思っています。これについては次回、考察してみましょう。

…つづく。

カタリベ: 福岡智彦

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