「桜を見る会」まだあるはずの文書出させよ

  私的メモは? 官僚に問われる倫理観

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尾中 香尚里

ジャーナリスト

尾中 香尚里

ジャーナリスト

福岡県生まれ。1988年に毎日新聞に入社し、政治部で主に野党や国会を中心に取材。政治部副部長、川崎支局長、オピニオングループ編集委員などを経て、2019年9月に退社。共著に「枝野幸男の真価」(毎日新聞出版)。

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第201通常国会が召集され、衆院本会議で施政方針演説をする安倍首相=20日午後

 予想通りである。首相主催の「桜を見る会」問題は、年が明けても全く収束の気配を見せない。21日には、内閣府が廃棄対象としていた文書の一部が、実は存在していたことが判明。昨年11月に共産党の田村智子参院議員がこの問題を取り上げ注目を集めてから2カ月あまり、まだまだ新事実が出てきている。22日の衆院本会議では、立憲民主党の枝野幸男代表が代表質問でこの問題を取り上げ、安倍晋三首相にいきなり辞任を要求。通常国会でも野党の攻勢は強まる一方だ。自民党の二階俊博幹事長が同日「桜はもう散った」とコメントしていたが、それは希望的観測に過ぎないだろう。(ジャーナリスト=尾中香尚里)

 ▽政権が狙う「公文書管理」制度への収れん

 ただ最近、この問題が「公文書管理問題」として取り上げられていることに関しては、若干の危機感を持っている。「公文書管理のあり方」に焦点が当たることで、この問題が制度論、すなわち「『今後』公文書をどう取り扱うべきか」という問題に収れんされてしまい、現在「失われた」とされている公文書に対する、ある種の「諦め」が生まれてしまう恐れがあるからだ。

 もちろん、一連のずさんな公文書管理を認めるわけにはいかない。さらなる管理の厳格化に向けて、制度の見直しも必要だ。だが、そんなことで安倍政権を追及しても、彼らは痛くもかゆくもない。むしろそれを望んでいるだろう。

 安倍政権はおそらく、国民は公文書管理にさほど関心を持っていない、とたかをくくっている。「ずさんな公文書管理」でいくらたたかれても、政権の大きなダメージにはつながらないと踏んでいる。公文書管理が「ずさんだった」ことにして形ばかりの陳謝を行い、担当者に全責任を押し付けて処分まで行い、「公文書はもはや存在しない」ことを強調したい。そこまでして、公文書に書かれていたことを国民に知られたくないのだ。

 あまり早い段階で安易に制度論に走れば、政権のそんな思惑に安易にはまることになる。それは避けなければならない。まずは徹底的に「桜を見る会」に関する文書を、あらゆる手段を駆使して「出させる」ことに力を注ぐべきだ。制度論はその後でも間に合う。

名簿廃棄に使ったとされるシュレッダーを調べる野党議員ら=2019年11月、内閣府(野党追及本部提供)

 ▽「廃棄」文書、まだ出てくる可能性

 内閣府で見つかったとされる「桜」関連文書には、あぜんとする内容が含まれていた。「桜を見る会」への招待者の内訳を示す文書。昨年の文書には「各界功労者(総理大臣等)」という欄があり、そこには8894人という驚くべき人数が記されていた。同じ文書に書かれていた全招待者1万5420人の6割近くにもなる数字だ。

 8894人もの人を招待して、安倍首相が何をしようとしていたのか、という問題はもちろんあるが、それはそうと、菅義偉官房長官は昨年11月の衆院内閣委員会で、いわゆる「首相枠」が「千人程度」だったと答弁していた。8894人とはその9倍近い数字だ。この整合性はどうなるのか。内訳文書には「総理大臣等」とあるが、まさか「等」扱いの人物が、首相の招待客の8倍近い数を招待できるというのだろうか。菅氏の答弁が虚偽だった可能性がある。国会審議を破壊しかねない問題だ。

 個別の文書についての言及はとりあえず置く。ここで指摘しておきたいのは、今回のように安倍政権が「廃棄した」としている文書が、まだある可能性が極めて高い、ということだ。

 「桜を見る会」は今春の開催は中止が表明されているが、来年度以降に開催するかどうかは決まっていない。来春に会を開催する際、過去の招待者を確認せずに新たな招待者名簿を作ることは、ほぼ不可能だ。表で「廃棄した」ことにしておきながら、例えば担当課職員の「私的メモ」といった形で、文書がひそかに保存されている可能性は十分にある。

薬害エイズ問題で厚生省エイズ研究班に関連する新たなファイルが見つかり、記者会見する菅直人厚相=1996年4月、厚生省(当時)

 ▽逃げ道ふさぐ追及を

 思い出すのは、1996年の薬害エイズ問題で、厚生省(当時)がかたくなにその存在を否定していたファイルが発見されたことだ。後に首相となる菅直人厚相(当時)が、厚相就任直後に同省の官僚に対し、日常業務から切り離した専従チームを作り、1カ月の期限を切って調査を命じたところ、わずか3日でファイルが出てきたのだ。当時のことを、菅氏は著書「大臣」でこう振り返っている。

 「私は役所に何かについて調べるように頼んだとき、『調べましたが分かりませんでした』というだけの回答を何度となくもらっていた。それをさせないことが、いちばんのポイントだと考えていた。そこで、結果として分からなくてもかまわないので、とにかく、誰がどのような調査をしたのか、そのこと自体を明確にさせる必要があると思ったのだ」

 自分の所掌をきっちりと決められ、その範囲内で作業をするよう命じられた時、そこでファイルが見つかれば「見つからなかった」とは言えないのが官僚というものだ、ということだったのだろう。

 安倍政権を守るために公文書の改ざんまでやってのける現在の官僚に、同じ倫理観を求められるのかは分からない。また、薬害エイズの場合は「大臣の命令」だから応えたのであって、現在の官僚が「国会の求め」にどこまで誠実に対応するのかも疑わしい。

 しかし今回のように、時折ぽろぽろと小出しに文書が出てくるさまを見ていると、これまで安倍政権への忖度(そんたく)にまみれていた霞が関にも、何らかの風向きの変化が生じつつあるのかもしれない、と思う。いつになるかは分からないが、遠からず安倍政権は終焉(しゅうえん)を迎える。いつまでこんな政治に付き合わなければならないのか、そろそろ真剣に考える官僚が出てきても不思議はない。

 「とにかく、詳しく、しつこく、相手の逃げ道をふさぐように聞け」

衆院本会議で代表質問する立憲民主党の枝野代表

 当時の菅氏の言葉である。そして、この言葉を聞いたのは、当時新人議員として薬害エイズ問題の解決に奔走していた、立憲の枝野氏だ。いま野党全体を率いる立場の枝野氏が、新人時代のこの経験を忘れているはずがない。

 野党側が緩い演説調の質問に終始するのではなく、菅氏の言う「逃げ道をふさぐ」追及ができれば、そして官僚側が本来の職業的倫理観を思い起こすことができれば「桜を見る会」問題の真相にたどり着くことは、決して不可能ではないはずだ。双方の奮起に期待したい。