『大衆文化のなかの虫たち』保科英人、宮ノ下明大著 マニアックな研究成果

 奇書と言って悪ければ珍本と呼ばせてもらおう。映画やアニメ、食文化などに昆虫がどのように関わっているかを考察した論考集なのだが、「文化昆虫学」という聞き慣れない学問の研究成果は相当マニアックだ。

 最初に「日本人は虫好き」という通説が検証される。古事記や日本書紀でネズミやヒキガエルは神々と言葉を交わしているのに、トンボはセリフを与えられていない。日本のアニメやゲームで昆虫は犬や猫ほど人間と深い関係は結べず、いつも脇役に回されている。

 一方でセミの鳴き声は盛夏を、スズムシの鳴き声は秋の夜長を示す効果音の定番となり、トンボやホタルは郷愁を誘う演出に呼び出される。仮面ライダーのモチーフはバッタやカブトムシだし、昆虫の形をしたパンや和菓子が各地にある。日本人は昆虫を大衆文化に巧みに取り込んできた、とは言えそうだ。

 ここまではいい。「日本人の昆虫観、自然観の研究」を掲げながら考察はどんどん趣味的なほうに向かう。

 戦前の日本で「鳴く虫」の値段を調べると、スズムシが最安値、マツムシが最高値だった。文房具やおもちゃなどに描かれたテントウムシの星の数と配置を調査したら、ナナホシテントウが最多で7つの星は実際とは異なる配置だった。アニメなどに登場するセミの声はミンミンゼミが主流で、ニイニイゼミは全く登場しない――。

 それがどうした、と言うなかれ。実用性や経済性とは無縁の営みこそ学問の醍醐味。ささやかな発見に心がなごむ。

(論創社 2500円+税)=片岡義博

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