“呪われた企画” ついに完成! アダム・ドライヴァーがまた大変な目に!!『テリー・ギリアムのドン・キホーテ』

『テリー・ギリアムのドン・キホーテ』© 2017 Tornasol Films, Carisco Producciones AIE, Kinology, Entre Chien et Loup, Ukbar Filmes, El Hombre Que Mató a Don Quijote A.I.E., Tornasol SLU

テリー・ギリアム悲願の企画がついに完成!

構想30年、次から次へとトラブルに見舞われ制作を中断されてきた “呪われた企画” が、ついに完成。原題を直訳すれば「ドン・キホーテを殺した男」。日本では『テリー・ギリアムのドン・キホーテ』の邦題で公開される。

『テリー・ギリアムのドン・キホーテ』© 2017 Tornasol Films, Carisco Producciones AIE, Kinology, Entre Chien et Loup, Ukbar Filmes, El Hombre Que Mató a Don Quijote A.I.E., Tornasol SLU

タイトルに監督の名前が入る映画といえば、『ゴダールのリア王』(1987年)『トリュフォーの思春期』(1976年)『フェリーニのローマ』(1972年)『ピーター・グリーナウェイの枕草子』(1996年)などなど、キャラの立った巨匠の作品ばかりが思い浮かぶ。ギリアムもまた、ある種の映画ファンにとってはそれくらい特別な存在であり、この『ドン・キホーテ』は待ちに待った作品なのだ。

ジョナサン・プライス御大、自分をドン・キホーテと思い込む!

『テリー・ギリアムのドン・キホーテ』© 2017 Tornasol Films, Carisco Producciones AIE, Kinology, Entre Chien et Loup, Ukbar Filmes, El Hombre Que Mató a Don Quijote A.I.E., Tornasol SLU

原題からもあきらかなように、セルバンテスによる17世紀の小説をストレートに映画化しているわけではない。時は現代、乾いた砂漠に風車がそびえ立つスペインの田舎。風車を巨人と思い込んで戦いを挑む老人、すなわち「ドン・キホーテ」のいち場面らしき撮影が行われているのだが、現場を仕切らなければならないはずのCM監督・トビー(アダム・ドライヴァー)はまったくやる気を見せず、浮かない顔だ。広告の世界で成功を収めた彼は、もはや仕事への情熱を失っている。

そんな折、トビーは、かつて学生時代に撮影した自主映画「ドン・キホーテを殺した男」のDVDを謎めいた男から手渡される。10年前、映画作りに燃えていた若きトビーは、スペインの鄙びた村を訪れ、靴職人の老人(ジョナサン・プライス)にドン・キホーテを、酒場の店主の美しい娘アンジェリカ(ジョアナ・ヒベイロ)に貴婦人ドルネシアを演じさせ、作品を完成させた。これが評価されたことから、彼は広告業界に入ったのだ。

『テリー・ギリアムのドン・キホーテ』© 2017 Tornasol Films, Carisco Producciones AIE, Kinology, Entre Chien et Loup, Ukbar Filmes, El Hombre Que Mató a Don Quijote A.I.E., Tornasol SLU

思い立ってロケ地の村を再訪したトビーは、自分の映画がきっかけとなって村人たちの運命が大きく変わってしまったことを知る。アンジェリカは女優を夢見て村を飛び出した。そして靴職人だった老人は、映画の撮影以来ずっと自分がドン・キホーテだと信じ込んだままだったのだ。あたかも小説の中のドン・キホーテが、中世の騎士道物語に熱中しすぎて現実と虚構の区別がつかなくなったように……。老人はトビーを従者のサンチョ・パンザだと思い込み、トビーとしては不本意ながらの冒険の旅がはじまる。

ジョニデ主演企画が頓挫! 呪われた映画を見事に担ったアダム・ドライヴァー

『テリー・ギリアムのドン・キホーテ』© 2017 Tornasol Films, Carisco Producciones AIE, Kinology, Entre Chien et Loup, Ukbar Filmes, El Hombre Que Mató a Don Quijote A.I.E., Tornasol SLU

最近、アダム・ドライヴァーがたいへんな目に遭う映画が多すぎじゃないですか!? と言いたくなる受難っぷり。この作品で彼は現在と過去、くたびれたギョーカイ人と若き映画青年の2形態を演じているが、大型犬のような風体は今回のような好感を持ちづらい人物の役でもどこかほのぼの、チャーミングに見せてしまう。もし20年前、予定されていた通りジョニー・デップで完成していたらどんな感じだったかなあ、と想像してみるのも一興だ(その際の中止の顛末は2001年のドキュメンタリー『ロスト・イン・ラ・マンチャ』に詳しい)。

靴職人の老人/ドン・キホーテ役を、かつてギリアムの代表作『未来世紀ブラジル』(1985年)で、お役所勤めの夢見る主人公を演じていたジョナサン・プライスが演じているのは、収まるところに収まった感がある。演劇の世界でも高く評価されているプライスは、Netflixオリジナル作品『2人のローマ教皇』(2019年)でも話題の名優だ。騎士装束で馬にまたがり、「我こそはドン・キホーテ・デ・ラ・マンチャ」と芝居がかった名乗りをあげる姿には、数世紀にわたって受け継がれてきた面白さのエッセンスが詰まっていてワクワクしてしまう。

『テリー・ギリアムのドン・キホーテ』© 2017 Tornasol Films, Carisco Producciones AIE, Kinology, Entre Chien et Loup, Ukbar Filmes, El Hombre Que Mató a Don Quijote A.I.E., Tornasol SLU

そういうわけで、まさに今いい波に乗っているキュートなアクターふたりによるドタバタ珍道中である。楽しくないわけがない。どこまでが現実でどこからが幻想か曖昧なまま、どこに連れて行かれるかわからない。まるで誰かの夢に入り込んだかのような感覚には、クリアな娯楽大作とはまた別の種類の「映画を観た」手応えがある。

だがしかし、最近のギリアムがインタビューであまりにも他者への想像力に欠けた残念な発言をしていることを思うと、口の中に苦い味が広がってしまう。「この世界のあらゆる問題について白人男性が悪いと責められるのにうんざり」と彼は言っている。つまり、昨今の女性や有色人種は苦境を他人のせいにしすぎだ、と。そんな認識はやはり古くさいし、この社会に構造的な権力の不均衡があって、白人男性はそれだけで特権的な立場にあるということを認めてほしいと私は思う。これを「もう今年で80歳のおじいちゃんだからしょうがないな~」で流してしまっていいのだろうか? 作品と作者は切り離すべきだろうか?

『テリー・ギリアムのドン・キホーテ』© 2017 Tornasol Films, Carisco Producciones AIE, Kinology, Entre Chien et Loup, Ukbar Filmes, El Hombre Que Mató a Don Quijote A.I.E., Tornasol SLU

自分にとってギリアムは、10代の頃に映画の面白さを教えてくれた監督のひとりだ。感謝と尊敬と幻滅とをぐるぐる胸に渦巻かせながら、これから先の未来、もっと若い才能によって撮られるべき「暴走する女ドン・キホーテ」映画を夢想せずにはいられない。

文:野中モモ

『テリー・ギリアムのドン・キホーテ』は2020年1月24日(金)よりTOHOシネマズ シャンテほか全国ロードショー

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