【つなごう聖火2020】半世紀ぶりの感動もう一度 「生きる喜びスポーツで知る」 64年東京パラ水泳「銀」岩崎博さん(八代市)

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銀メダルを首に掛け、自宅近くの遊歩道をランニングする岩崎博さん=15日、八代市
1964年東京パラリンピックの国内大会で岩崎博さんが獲得した銀メダル

 初めて「パラリンピック」の名称が使われた1964年の東京大会。八代市松崎町の鍼灸[しんきゅう]師で視覚障害者の岩崎博さん(72)は、国内選手が競う部門の水泳に出場し、銀メダルに輝いた。あれから半世紀。スポーツ最大の祭典が再び国内で開催される。「あの感動をもう一度」。岩崎さんは、2020年東京五輪に聖火ランナーとして関わる喜びに心を躍らせている。

 前回の東京パラリンピックは、車いす選手が参加する国際大会(第1部)と、視覚、聴覚障害、肢体不自由の都道府県代表が競う国内大会(第2部)に分かれていた。

 当時、岩崎さんは県立盲学校高等部2年。国内大会の陸上(1500メートル走)、水泳(45メートル自由形)の計2種目に出場した。陸上は5位、水泳で表彰台に上った。首に掛けられた銀メダルに「舞い上がるような喜びの中、ずっしりとした重みを感じた」。メダルは少し変色してしまったが、その感動は今も心の中で輝いている。

 八代市坂本町の球磨川沿いで生まれ育った。生まれつきの弱視で眼鏡の矯正も効かない。小中学校では一番前の席でも板書が見えず、同級生が読み上げてくれた。それでも、友人と球磨川を泳いだり、山を走り回ったりと体を動かす楽しさに触れた。

 パラリンピックでは押しつぶされそうな緊張感に襲われながら、スポーツの素晴らしさを知ったという。「いろんな障害のある人が、自分の限界に挑む姿に刺激を受けた」。熊本に戻ると、所属していた相撲部の練習にまい進。就職後は、陸上や水泳競技で県や全国の大会に出場を重ねた。

 「感動をまた味わいたい」。家族の勧めもあり、今回の聖火リレーに応募した。体力や視力の衰えを感じているが、毎朝40分のエアロバイクと夕方のウオーキングを続ける。今後は、本番に備え軽いランニングにも取り組むつもりだ。

 当日は約200メートルを走る。「スポーツを通して仲間ができ、生きる喜びを知ることができた。笑顔で走る姿をたくさんの人に見てもらい、スポーツの素晴らしさを伝えたい」。岩崎さんは笑顔で走り抜く決意だ。(益田大也)

 ◇2020年東京五輪の開幕まで24日で半年。開会式のクライマックスを飾る聖火リレーは、3月26日に福島県を出発し、県内は5月6、7日に13市町村全163区間を巡る。県内をリレーするランナーの思いなどを紹介する。