【中原中也 詩の栞】 No.10 「坊や」(生前未発表詩)

山に清水が流れるやうに

その陽の照つた山の上の

硬い粘土の小さな溝を

山に清水が流れるやうに

 

何も解せぬ僕の赤子は

今夜もこんなに寒い真夜中

硬い粘土の小さな溝を

流れる清水のやうに泣く

 

母親とては眠いので

目が覚めたとて構ひはせぬ

赤子は硬い粘土の溝を

流れる清水のやうに泣く

 

その陽の照つた山の上の

硬い粘土の小さな溝を

さらさらさらと流れるやうに清水のやうに

寒い真夜中赤子は泣くよ

 

(一九三五・一・九)

 

【ひとことコラム】長男・文也が誕生した時、中也は東京にいました。実家に戻って文也と初めて対面したのは昭和9年12月9日、この詩はその一カ月後に書かれています。生後三カ月の赤ん坊が夜泣きする声を〈流れる清水〉に喩えた点に、詩人独自の感性と溢れんばかりの愛情が感じられます。

中原中也記念館館長 中原 豊

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