野生動物だけじゃない、想像超える被害 豪・大規模森林火災の要因は日本の暖冬にも影響

オーストラリア・ニューサウスウェールズ州で、火災により燃える森林=19年12月15日(NSW RFS―TERREY HILLS BRIGADE提供、ロイター=共同)

 オーストラリアの大規模森林火災は、発生から5カ月が経過した。にもかかわらず、なかなか収束する気配がない。焼失面積はすでに日本の4分の1を超える約1千万ヘクタールに達し、消防士など30人以上が亡くなった。貴重な野生生物にも甚大な被害が出た。コアラは数万匹が焼死したとみられる。今、オーストラリアで何が起きているのか、シドニーから報告する。(シドニー在住ジャーナリスト南田登喜子=共同通信特約)

 ▽最大被害はニューサウスウェールズ

オーストラリア・ニューサウスウェールズ州

 最も被害が大きいのは、東部のニューサウスウェールズ州。州都はオーストラリア最大都市のシドニーで、筆者が暮らす街でもある。州政府の発表では、1月10日時点で512万ヘクタールが消失した。中でも国立公園がひどく、全体の35%が影響を受けたとしている。州政府も非常事態宣言を3度出すなど厳戒態勢を敷いて対応している。

 火災の大半は人口の密集する地域から離れた森林で発生している。そのため都市部に住む多くの人々は変わらぬ生活を送ることができている(それでも2500棟以上の家屋が焼けた)。ただ風向きによって、火災による煙が濃霧のように立ち込める日もある。このため、州当局は各地の大気汚染程度を表す空気質指数(AQI)を公表し、大気汚染状況が悪化した時は屋外での活動を控えるよう呼び掛けている。特に呼吸器や循環器系の持病がある人や子供や高齢者は注意が必要だ。

洗濯かごの中で休むけがをしたコアラ=1月8日、オーストラリア南部のカンガルー島(ゲッティ=共同)

 ▽推定8億匹の動物が犠牲

 今回何より大きかったのは、貴重な野生生物の被害だろう。「ニューサウスウェールズ州だけで推定8億匹以上の動物が犠牲になった」。シドニー大がウェブサイトで公表したこのデータは世界中に衝撃を与えた。連邦政府のスーザン・レイ環境大臣もコアラが絶滅危惧種のリストに加えられる可能性について言及した。

 だが、比較的広い範囲に生息するコアラはまだましな方。クマバチの一種「グリーン・カーペンター・ビー」をはじめ、生息地の大半が破壊されたことで絶滅の危機にひんしている種は少なくない。かろうじて生き残った動物も食べ物や水が絶対的に不足しており、国立公園を中心にヘリコプターから食物を投下する作戦が展開されている。全容解明はまだ先のことだが、オーストラリア特有の豊かな生態系が膨大なダメージを受けたことに疑いの余地はない。

 ▽観光被害は3400億円以上

 産業面からみると、観光業の落ち込みが深刻だ。地元紙によると、年間旅行者は最大20%減り、損失額は少なくとも45億豪ドル(約3400億円)になるなど観光業に多大な影響を及ぼしているという。オーストラリア政府も19日に「観光業はこれまでで最大の課題に直面している」として、業界支援のため7600万豪ドル(約5億7千万円)の拠出を発表。バーミンガム観光相は「オーストラリアの町や素晴らしい公園、ビーチは開かれている」として旅行を取りやめないよう訴えた。

森林火災による煙霧でかすむオペラハウス=19年11月12日、オーストラリア・シドニー(ロイター=共同)

 そんな中、国民から激しい批判を受けているのがモリソン首相。森林火災の被害が拡大していた昨年末に、公表しないまま家族でハワイ旅行に出掛けたことが問題視された。13日付オーストラリアン紙が掲載した世論調査結果では事実上の支持率に当たる実績評価で「満足」は37%と、19年12月上旬の前回調査と比べて8ポイントも低下した。与党保守連合の支持率も昨年5月の総選挙以来、初めて野党労働党に逆転された。

 ▽世界一乾燥している大陸

 南半球のオーストラリアでは、例年夏季(12月~翌年2月)を中心に森林火災が発生し、火災そのものは珍しくない。近年は火災の起きる時期が早まり、冬季(6~8月)に発生することもある。今回の大規模火災は昨年8月に発生し、11月から本格化した。

 森林火災の原因は高温と乾燥だ。オーストラリアは、南極を除くと世界一乾燥している大陸といわれる。それでも、ここまで大規模な火災を筆者は経験したことがない。オーストラリアの気象庁は、19年の平均気温が観測史上最も高く、平均降水量は過去最少だったと発表している。やはり、異常なのだ。

 複数の大規模火災が一緒になったことから「メガ・ファイア」と呼ばれる火災に発展した地域がいくつもあるのが今回の森林火災の大きな特徴だ。それを引き起こした原因の一つと考えられているのが「ダイポールモード現象」。西インド洋の海面水温が平年より高い状態が続くことで上昇気流が発生しアフリカ東部の降水量が増える。一方、オーストラリアを含む東インド洋側には乾いた空気が吹き降りる。これが、過去最少の降水量を招いた。

 ▽日本にも影響、広がる支援

 ダイポールモード現象は日本の天候にも影響している。偏西風の流れが北に押し上げられやすくなるので気温が高くなる。事実、この冬は記録的な暖冬となっている。 人ごとではないのだ。

 1月半ばには数日間ではあったものの、まとまった雨が降った。ニューサウスウェールズ州内で100ヵ所以上あった山林火災は、28日夜の時点で62カ所まで減り、うち40カ所は封じ込められたと発表された。

 被災者救済や復興を支援する動きも着々と広がっている。提供される物資や募金額は日々ふくれあがっている。加えて、支援を目的としたイベントも多数開かれている。落ち込んだ観光業界の回復を後押しするために「危険が去ったエリアを訪れて、お金を使おう」というキャンペーンも繰り広げられている。オーストラリア人がよりどころとする「マイトシップ(仲間意識)」ここにあり、という感じだ。

グレタ・トゥンベリさん

 「私たちの家が燃えている」。スウェーデンの環境活動家グレタ・トゥンベリさんは、昨年の世界経済フォーラム(WEF)年次総会(ダボス会議)でこう述べた。それが決してたとえ話ではないことを、オーストラリア国民は今まさに身をもって体験している。21日に開幕したダボス会議で「私たちの家はまだ燃えている」と改めて訴えたトゥンベリさんの背景に映し出されたのは、燃え落ちる家の前で炎に囲まれたカンガルーの写真だった。

 世界各地で激甚化している災害は今後、もっとひどくなると予想されている。私たちは今こそ、考え方、そして行動を変えなければならない。

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