大手企業を装いSMSで発信、3億円を騙し取った「詐欺のトリセツ」

振り込め詐欺や架空請求詐欺による被害は相変わらず多いですが、その背景には、やはり取説(トリセツ)の存在があります。前回は、悪徳商法を見てきましたが、それ以上に、詐欺は巧妙で、えげつないやり方で迫ってきます。どんな騙しを仕掛けてくるのでしょうか。用意周到に準備された手順書の実態をみてみましょう。


言葉遣いにも細かなマニュアル

昨年、タイで振り込め詐欺を行っていた大規模グループが摘発されました。その後も、中国の延吉やフィリピンなどから電話をかけていたグループのメンバーらが逮捕されています。1月中旬にはリーダー格の人物も逮捕されました(昨年1~3月で約3億円の被害に関与したとの報道)。

その時に押収されるのが、詐欺の電話をかける「かけ子」のアニュアルです。

タイのパタヤで詐欺電話の受発信していたグループのトリセツをみてみましょう。彼らが行っていたのは、IP電話(インターネット回線の電話)を使った形でのインバウンドな詐欺でした。まず、大手の有名企業を騙って、ショートメッセージ(SMS)を送ります。

たとえば、「ご利用料金のお支払いの確認がとれておりません。本日中に 〇〇社のお客様センターまでご連絡ください。03‐〇〇〇〇‐〇〇〇〇」「会員登録の未納料金が発生しています。本日中にご連絡がない場合、法的手続きに移行します。〇〇サポートセンター 050‐〇〇〇〇‐〇〇〇〇」といった文面を不特定多数に送りつけます。短い文面ゆえに、未納料金の詳細が書かれていません。そのために、多くの人がつい電話をしてしまうのです。その電話番号は、03や050といった局番から始まっており、被害者はまさか海外に電話をかけているとは思っていません。

しかも、彼らは、「配信数」(SMSを送った数)から、どのくらい電話がかかってきたかを「鳴り」としてカウントし、どのくらいの反響があり、売上(詐欺で騙し取った金)がどれだけ出たのかといった、費用対効果も「%」で示すなどして、緻密に騙しの作戦を立てていました。

かけ子のトリセツには、SMSの未納料金の内容を見て、不安になって電話をかけてきた人への対応が事細かに書かれています。電話を受けた詐欺師はオペレーターになりきり、未納料金の相談に乗るわけですが、その際の注意点がメモなどに残されていました。

いくつかピックアップすると「相手のペースに飲まれるな」「しっかりした丁寧語を意識、じゃあ(の言葉遣いの)禁止!そうしましたら(で答える)」「話を聞いてあげる」などです。そもそも、電話を受けている人たちは、反社会集団や社会経験のない人たちですから言葉遣いも荒いため、それが表に出て被害者に疑われないようにするためのポイントをしっかりと教えています。

具体的なお金の支払わせ方については、「今回のご精算は、電子決済になります」と話し、コンビニに向かせて複数のプリペイドカード(電子マネー)を買わせるといったものです。しかも、電話をかけさせたままお店に行かせます。

この形を取れば、近くに家族がいても、相談できない状況を作れます。今の詐欺は一回、金を取ったこれだけでは、終わりませんので、セカンドアクションへの指示もあります。架空の団体を騙って電話をかけて「また何件か、未納料金が見つかりました」と、さらに金を要求するようになっていました。

トリセツの内容とは

一人でも多くの人を騙すためのトリセツにも余念がありません。

「自分のペースで話を続ける」「客の話を途中で切ること」それにより、相手にパニックや不安を引き起こさせることができるといったものもあります。もし被害者が「そんなサイトは利用していない」と支払いを拒否した場合には、次のような答え方をします。「第三者、例えば、お子様、ご友人などがお客様の端末を使った可能性はありませんか?」それでも、「身に覚えがない」といえば、次の言葉を発します。

「ウィルス感染や、ハッキングをされて、自動登録されてしまった可能性がありますね」

あらゆる回答を準備して、詐欺に臨んでいるのです。こうして不安を煽る一方で「もし調査をして、利用していないことがわかれば、返金します」と被害者を安心させる心理戦略も使っていました。おそらく、お金が戻るのならと、一端、お金を払おうかと思ってしまった人は多いのではないでしょうか。こうしたトリセツを用いて、2か月で2億円以上を騙し取っていたのです。

最近は「かけ子」だけでなく、家を訪れて現金やキャッシュカードを騙し取る「受け子」にも詳細なトリセツを用意しています。逮捕された「受け子」のスマートフォンには、被害者宅に行く際の服装への指示がありました。以前は、スーツ着用が必須でしたが、不似合いなスーツ姿で詐欺がバレて、逮捕される事例もあったためでしょう。今では服装のラインナップ写真を載せながら、ジャケットを羽織るようなカジュアルスタイルも推奨しています。

もちろん、家に着いてキャッシュカードを騙し取るときの手順もあります。金融関係者を装い「封入作業の件で伺いました」と高齢者宅を訪問し、封筒を差し出します。そして「この中にあなたのキャッシュカードと暗証番号を書いた紙を入れて、ご自身で保管してください」と言い、相手のカードを封筒に入れます。

そして、ノリをつけ、間髪入れずに、「封をするのに、割印が必要です。銀行印をもってきてください」と言うのです。家人がハンコを取りに行くために封筒から目を離した隙を見て、偽物のカードの入った封筒にすり替えます。

「いいえ」と答えるだけでもダメ

警察の公開した犯人の手順書を要約すると次のようなものになります。

「警察官役が個人宅に、すでに「お金の被害(口座から勝手にお金が引き出される被害)が出ています。すぐに、キャッシュカードを止める手続きと、お金が戻ってくる手続をしましょう。被害者救済法に申請しましょう」という電話をかけています。そして同意をもらったお客のもとに実際に手続きにいくのが、今回お願いしている「R」のお仕事です」

「R」とは、キャッシュカードを警察や金融関係者になりすまして、カードを家に取りに行く「受け子」のことです。「手続きの方法は、封筒にキャッシュカードを入れて、数日間使わないでくださいねということです」そして、封筒に入れて自宅で保管しておく理由については「犯人側が引き出したのか、お客様が下したお金なのかの区別をつけるための処置ですから」と家人には説明済みとの記述もみられます。すべての事情を把握させたうえで、受け子を家に向かわせるのです。

こうして、騙し取ったカードでATMから犯人らは、金を引き出すわけです。もちろん、カードは1枚とは限らず、複数枚入れさせることもあります。それゆえに、多額の被害となってしまうのです。

こうしたトリセツを使うことの詐欺師側のメリットは、なんといってもどんな人が詐欺を行っても、高確率で騙しに成功できることがあるでしょう。昨日、騙しを始めた人でも、すぐにいっぱしの詐欺師になって犯罪を行えるのです。

詐欺師の質問に対して「はい」と答え続ければ、騙されてしまうのはいうまでもありませんが、「いいえ」とネガティブな答えをしても、お金を取れるように誘導するトリセツも準備されています。ゆえに、詐欺師との長話は禁物です。「何か、おかしいな」と疑問を思ったら、電話であればすぐに切る。そして、誰かに相談するなど、彼らが用意した想定問答の外に出る行動が必要になるのです。

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