「お金ではできないこと」って? 地域通貨の“お金以外”の使い道

2019年11月27日から12月18日までの期間、神奈川県・鎌倉市で地域通貨「まちのコイン」を使った、「SDGsつながりポイント」の実証実験が行われました。SDGsとは国連で採択された、持続可能な開発を実現するために国際社会が取り組むべき17の目標のこと。

まちのコインは、面白法人カヤック(本社・鎌倉市)が開発した地域通貨です。神奈川県がSDGsの実現のためにポイントシステムを使おうと考え、まちのコインを採用して行ったのが、今回の実証実験です。特に興味深いのは、まちのコインは通貨とはいえ、地域の人と人との「つながりづくり」のために使う“コミュニティー通貨”として位置付けられている点です。単純にお金の代わりをするのではなく、換金もできません。いわゆる地域の内需拡大を目指すものとは少々趣きが異なります。

では、いったい何なのか。実証実験を担ったカヤックのグループ戦略担当執行役員の佐藤純一さんに、まちのコインの狙いを伺いました。

カヤックのグループ戦略担当執行役員の佐藤純一さん 

お金があるから、できないことがある

「まちのコイン」のアプリ画面

――最終的にまちのコインの実証実験は何スポットで実施されましたか?

佐藤純一さん(以下同): 22スポットで実験を行いました。今回、個人によるクルッポの発行は実施していませんが、ゆくゆくは個人でも発行できるようにしたいと考えています。例えば、「ちょっと荷物を運ぶのを手伝ってほしい」などの小さな困りごとのお礼としてあげたり、もらったりする。もらったクルッポをまた別のところで使う。基本的には、そうした循環を前提にしたのが、まちのコインです。

――カヤックは、今回の県の事業を担う前から、まちづくり事業には積極的でした。人のつながりもまちの資本と考え、人のつながりを地域活性に繋げようといった「鎌倉資本主義」の考えを掲げ、カマコン*1を始めたり。地域通貨も独自にすでに構想していました。実際に、まちのコインを使ってもらってわかったことは? 地域通貨はとかく失敗も多いです。

最大の気づきは、我々の予想していた以上にクルッポの使い道のアイデアが、使い手のみなさんから出てきたことですね。純粋に驚きでした。「自分だったらこういう使い方をしたい」というアイデアがすごくたくさん出てきた。

クルッポを発行したお店の常連さんたちも「こういうクルッポを出してみなよ」と逆にオーナーに提案したり。オーナー以上に、周りの人たちがアイデア出しに盛り上がって、みなさんが大変クリエイティブなのに驚きました。それが、今後のこの事業を考える上で、一番の気づきになりました。

カフェ「シブリングス鎌倉」では、前日に売れ残ったキューブ型の小さなパンを 300クルッポで買えるようにした。廃棄するのは店にとっても本意ではない。これまでも夜になると値引き販売をしていたが、客足の鈍る雨の日は売れないなど波があり、困っていたという。このクルッポの発行で、「店を知らない人の来店のきっかけになれば」とも語る。

――確かに。私も使ってみましたが、クルッポの仕組みだと素人でも意外とすぐに使い道のアイデアを思いつきます。私なら記事企画にちょっとした意見やアドバイスをくれる人にお礼として使いたい。「お金を払うほどではない。でも、お礼はしたい……」。微妙なお願いごとの謝礼として適当だと思いました。

まさに、そうした使われ方を目指しています。仕事として頼んだり、お金を払うほどのことではない。でも、「ボランティアでやってください」もちょっと違う。やっぱり、お礼をしないのは申し訳ないから、ポチ袋にお金をちょっと入れて渡す。そうすると、今度は逆に相手の気が引けてしまう。こうした規模のお願いごとをクルッポだと頼みやすくなるんですね。

ボランティアでも仕事でもない。でも、お金を払うとナンセンス。お金があるから、逆に頼みにくい。そういう狭間のところに、たくさんの「お手伝いごと」があり、そこに地域通貨を活用することで人と人とのつながりがつくれる可能性がある。

*1 カマコン:鎌倉に本社のある7社によって2013年に発足。自分が鎌倉でやりたいことをプレゼンし、グループにわかれてアイデアを出し合う。テーマは鎌倉のためになることなら何でもOK。毎月定例会があり、1500円払えば誰でも参加可能。

つながりを作ることは、本当に最善か?

――そもそも、なぜ、そこまでして「つながり」をつくりたいのですか?通貨だけれども、むしろ、「お金ではできないこと」をしてあげたり、してもらう。そのための地域通貨だというのは、わかりましたが……。

結局、人と人のつながり、関係人口がその地域の経済を支える重要な資産であり、地域資本・元手になるからです。お金ではなくて、その元手をまず大きくするということが目的で、まちのコインはそのためのツールということです。

――お金は「つながりを省力化するためにこそある」という考え方もあります。何かをしてもらうために、人間関係を維持する面倒くささやしがらみをお金が代替してくれたおかげで、解放された部分もある。つながりをつくることが最善とは言えないのでは?※人間関係の省略に使われるお金

確かに、試行錯誤の段階で話しをした地域によっては「この町はつながりだけはあるから、つながりづくりは必要ない」と言われたことがあります。でも、僕らがめざすつながりづくりというのは、「実際に、使えるつながりづくり」。つながりを地域の資本(元手)として活用していくことに意味があると思うのです。

――単に「つながりがあるかないか」ではなく、「有効なつながりがあるか」を問題にしていると?

そうですね。単なる顔見知りやしがらみにならない、地域の人とのちょうどいいつながりをつくるのは簡単ではないので、課題ではあります。でも、心地よいつながりのバランスは必ずある。そして多分、それは熱狂的なものではない。ジワジワとした温度感で広がる、緩やかな関係づくりがあるのではないかと考えています。

――まちのコインのレベルや温度感なら、ちょうどいい?
可能性は感じています。

鎌倉にある面白法人カヤックの会議室にて

――しかし、これまでは地域通貨というと、「お金の代わり」にして地域で囲い込む。そして、内需拡大を目指すというものがほとんどでした。

むしろ、「お金の代わり」にできるだけならないよう、すごく注意しています。お金=日本円の代替品をつくっても、結局、円のほうが広く使われているので便利ですよね。円の代わりだと、円より利用が広がりにくい。

だいたい、キャッシュレスのように円と換金できたり、円の代替品のように見られた途端、損得勘定がはたらいてしまう。例えば、「これを手伝うとおよそ300円か」と、価値を円で換算してしまうでしょう。そうすると、やはり、広く使われている円を稼ぐほうが得なのでは?ということになる。だから、できるだけ、日本円と切り離そうと決めました。

――なるほど。つまり、日本円と無駄に競合しないところで地域通貨を回す。このほうが、失敗は避けられそうです。

やっぱり、日本円のパワーはすごい。ほぼ魔力です。日本円の引き起こす損得勘定はあらゆる行動や感情の動機付けになっています。だから、とにかく損得勘定から地域通貨を切り離す。切り離しても、しっかり循環できる仕組みを考える。ここは、新しいアイデアが必要なところですが、地域コミュニティーの方々と一緒に、初期段階からの唯一のこだわりといってもいいくらい、最大限、考えていることです。

ーー確かに、すぐ損得を考えますね。例えば、成功していると言われる地域通貨も金融機関の口座に紐づけられていたりする。つまり、そこで最終的にお金になってプールされている。いくら志が高い事業でも「結局、一番得しているのは、地域住民でも店でもなく金融機関でしょ?」と、私などは考えてしまいます。

やはり、円の代替品にした瞬間にそうなってしまうんですね。じゃあ、損得勘定のはたらかないところで地域通貨を回すには、どうすればいいか?というと、実は、使い道を増やすとそれができる。使い道が増えれば、その分、使う動機づけも増えるからです。だから、お金が担えないニーズを拾った。どちらにしろ、僕らがこだわるのは、あくまでも「コミュニティー通貨を使うことで起こること」です。コミュニティー通貨を使って、結局、どうしたいのか。日本円でできることなら、別に日本円でいいわけですから。

海岸の掃除を手伝いでもクルッポがもらえる。

それから、先ほども言われたように、一般的に地域通貨は地域を閉じて囲いこむ方向で使われがちです。確かに、地域を閉じる方向の内需拡大を目的にするなら、これまで同様、地域ポイントやプレミアム振興券だったり、決済系の地域通貨を決済アプリを通じて、キャッシュレスのツールとして使う方法もありでしょう。

しかし、閉じる方向だと、そこそこ人口の多いところでないとうまく機能しません。また、ペイペイなどあれだけの数のサービスが参入してくると、キャッシュレスの利便性や還元率のために地域通貨を使うという選択は、今後しにくくなってくるのではないでしょうか。

日本の国土の半分以上は1万人以下の中・小規模都市です。地域を閉じることではなく、今後はむしろ地域を開いていく方向で、経済発展やまちづくりを考えていったほうがいいのではないかと考えています 。

まちづくりが“啓蒙活動”ばかりになる理由

――「まちづくりのために地域通貨を使う。しかし、お金の代わりにしない」というアイデアに至るまで、どんな思考のプロセスを? 結構、思い切りが必要だったのでは?

カヤックが「鎌倉資本主義」の考え方をかかげてから2年くらい、様々な地域で話し合いを重ねてベースはできました。しかし、いざ、SDGsなどの社会活動やまちづくりに市民参加を促そうとすると、大体、啓蒙活動になってしまうという問題に直面しました。なぜなら、まちづくりは行政の仕事で、市民や民間がするものではないと思われているから。

これを変えようとしてイベントやワークショップという方法で啓蒙したり、意識付けを始めてしまう。でもそれでは、たくさんの人に加わってもらうことはできないんですよね。

もちろん啓蒙活動は大切です。一方で、啓蒙活動は響く人には響くけれども、実際にまちを良くする行動には繋がりにくい。つまり、社会善たるものや、意識高い系の人だけの仕組みでは広がりに欠ける。かといって、面白いとか楽しいだけでもダメ。そこで、まちづくり活動そのものが面白い体験として提供されるようする。そういう方針になりました。

例えば、まちのコインに「集めて、使う」というゲーム性を持たせることで、楽しくたくさんの人に参加してもらえるようするなどです。ゲームやエンタメ事業は、そもそもカヤックの主軸事業なので、そこは我々も発想はしやすいところでした。

ゲーム性をもったまちのコインのデザイン

お金ではない「何か」に

――今後の予定は? 今年は、福岡県・八女市や神奈川県・小田原市でもまちのコインの実証実験を行うと聞いています。

まず、次は小田原市で実施します。鎌倉市と同様、小田原市もSDGsに取り組むSDGs未来都市に選定されているので、こちらもSDGsつながりポイントの取り組みとして進めています。鎌倉市に関しては、次のステップを関係者で話し合っています。

ただし、同じつながりづくりといっても、「必要なつながり」は地域によって違います。それぞれの地域特有のつながりづくりを地域のみんなで考えて、地域を開いていく。地域を開くといえば、将来的には、まちのコインを使っている市や町同士での力の貸し合いのために、円ではなく、まちのコインを使うといったことも考えられるかもしれません。

――昨今、資本主義の行き詰まりがよく話題になります。社会全体がまちのコインのように「お金の代わり」にならないもの、「お金では得られない何か」を求めている雰囲気はあります。

ある程度、経済的成熟が進んできて、もっと別の価値観を社会に持ち込みたいというムードがあります。鎌倉資本主義という考え方もまさにそうです。ただし、まちのコインは日本円が苦手な分野の価値交換を手助けする、いわば単なる道具です。そういう意味では、ポスト資本主義の金の卵にはならないと思うのです。単なる促進剤かもしれません。

――地域通貨は「地域のため」と善意で協力してくれる店などに、一方的な持ち出しが増えたりしやすい。その点の注意も必要です。

高い意識によらない、面白がれる社会貢献やまちづくりに多くの人が参加し、体験してもらえるきっかけを提供できれば、うれしいと思っています。


昨年は、「キャッシュレス元年」と言われるような年でした。政府は政策としてキャッシュレス促進を掲げ、次々と新しい電子決済サービスも登場。消費増税をきっかけに各社は大規模なポイント還元キャンペーンを実施し、この流れに拍車がかかったように見えます。しかし、早くも還元のための予算は不足。消費増税による消費冷え込みも明らかになりつつあり、「お金」そのものが回らなくなり始めている気配がします。そうなったときに、人々が次に頼りにするのは何か? 「地域の人とのつながり」である可能性は大いにあります。

今回のまちのコインの実験は、キャッシュレスの別の意味や未来を示唆しているように感じました。

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