メクル第430号 ピアノ調律師 安冨直(やすとみ・なおし)さん(58)

チューニングハンマーを使い、弦の張り具合を調整する安冨さん=長崎市茂里町、長崎新聞社

 構造(こうぞう)が複雑(ふくざつ)なピアノは、演奏者(えんそうしゃ)自身で音を調整することがとても難(むずか)しい楽器です。調律師(ちょうりつし)は家庭や学校、ホールなどにあるピアノの状態(じょうたい)を見て手入れをしたり、コンサートの前に演奏者が求める音色(ねいろ)が出るように細かく調整したりする、ピアノのお医者さんのような存在(そんざい)です。

◎調律(ちょうりつ)って?

 「調律」とは、きれいな音階を作ることです。全部で88鍵(けん)あるうちの49鍵目の「ラ」の音を、442ヘルツの音を出す「音叉(おんさ)」という金属(きんぞく)の音と合わせ、基準(きじゅん)を作ります。ヘルツとは、周波数を表す単位のことです。その後、いくつかの鍵盤(けんばん)を同時にたたきながら、耳だけを頼(たよ)りに音程(おんてい)を確認(かくにん)。かすかな音の狂(くる)いをとらえ、弦(げん)の張(は)り具合をほんの少しずつ調整して全ての音を調えます。
 鍵盤の高さがでこぼこだったり、押(お)したときの深さがそろっていなかったりしたら、とても演奏しにくいですよね。それを調整して弾(ひ)きやすくするのが「整調」。鍵盤とつながっている部品を点検(てんけん)、手入れします。また、演奏する人の要望に合わせ、どんな音色にするかを決めることを「整音」といいます。調律という言葉には、音階を作るだけでなく、整調、整音の作業も含(ふく)まれています。

ハンマーが戻る位置を微調整

◎繊細(せんさい)な楽器

 ピアノには、鍵盤一つにそれぞれ1~3本の弦が張られ、全部で約230本あります。1本が約90キロの力で引っ張(ぱ)られていて、全体にして19トンもの強い力がかかっています。ピアノにはそれを支(ささ)える鉄骨(てっこつ)のほか、木や羊毛など自然素材(そざい)が多く使われていて、それぞれの部品が温度や湿度(しつど)によって大きく影響(えいきょう)を受ける繊細(せんさい)な楽器です。
 例えば、弦は気温が低いと突(つ)っ張って音が高くなりますから、コンサート用の調律になると、会場となるホールの響(ひび)き具合や開演(かいえん)時間、その時間の空調温度を見越(こ)して調律をしなければならず、とても気を使います。
 家庭用のピアノも、日がよく当たった昼間と夜では気温が全然違(ちが)いますから、一年たてば結構(けっこう)な狂いが出てきます。何年も使われていないピアノは、半音ずれていることも。ピアノは弾いてあげることでいい音になり、弾かないと響かなくなる。5分でもいいから毎日さわることが大事です。

◎人間の手で

 「何か弾きにくい」「華(はな)やかな音色がいい」-。演奏者が何を求めているのか、会話の中から気持ちをくみ取ることを大切にしています。
 調律はこだわれば終わりがないんです。「気持ちよく終われたな」と思える日はあっても、満足がいくことは一度もありません。そうした中でも、調律後に試し弾きをして「こうしてほしかったんです!」と大喜びしてくれる人もいます。そんな姿(すがた)を見るときが、この仕事をしていて良かったと思える瞬間(しゅんかん)です。
 調律師は全国的になり手が少なく、県内でも30人弱という状況(じょうきょう)です。どんなに正しい音程のピアノでも、最終的に音を調える作業は人間の耳と手でなければ音楽的な表現(ひょうげん)ができません。人工知能(ちのう)(AI)では絶対(ぜったい)できない仕事なので、若(わか)い人に薦(すす)めたい仕事です。

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