五輪まで半年

 その水泳の実況中継は途中まで冷静だが、最後のターンに差し掛かると、ほとんどわれを忘れ、声援の連呼になる。「わずかにリード、前畑がんばれ、がんばれ、がんばれ」…▲1936(昭和11)年、ベルリン五輪の女子二百メートル平泳ぎで、前畑秀子選手が日本人女性として初めての金メダルに輝いた。アナウンサー河西三省(かさいみつみ)さんの「前畑がんばれ」は、よく知られている。「がんばれ」は三十数回、「勝った、勝った」の連呼は十数回に及んだ▲ラジオを前に皆が興奮と歓喜に包まれたあと、やがて日中戦争が始まり、この大会の4年後に予定されていた東京五輪の開催を日本は返上した。スポーツでの熱い声援、感極まる声は、長いこと聞かれなくなる▲前畑さんが金メダルをつかんだのは8月11日で、暦では広島、長崎の原爆の日と終戦の日のそばにある。スポーツに沸くことができる平和の尊さを暦に刻み、今に伝えるようでもある▲今夏の東京五輪の開幕まで半年となった。開催の期間中、二つの原爆の日が巡ってくる。そのことを世界中に知らせ、ともども胸に平和のトーチをともしてこその「平和の祭典」だろう▲〈究極の平和と謂(い)はめオリンピツクの勝者のなみだ敗者の涙〉秋葉四郎。熱っぽい連呼ばかりではない、涙の中にも平和の極みを見る日が近づく。(徹)

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