[大弦小弦]首里城の地下に埋もれる戦跡 どう伝え残す

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 「ひみつ基地ミュージアム」は熊本県錦町(にしきまち)にある町立の資料館。旧日本軍の地下施設を公開する。命名を不思議に思い、「子どもの楽しい遊び場をイメージさせませんか」と電話で聞いてみた

▼担当者は「若い世代は関心が薄い。間口を広げるために選びました」。実際に「こういう名前でなければ来なかった」と話す来館者もいるという。違和感は残るものの、一概に批判もできない。戦後75年、体験者が少なくなる中、場そのものが語る戦跡の力をどう生かすか。どう整備し、何を伝えるか、考えさせられる

▼沖縄戦を指揮した第32軍司令部壕は、今も首里城の地下に埋もれている。県は23年前に一度公開計画を立てたが、安全確保に数十億円かかるとして棚上げしている

▼代わりに設置した説明板は、専門家の文案から「住民虐殺」「慰安婦」という沖縄戦の重要な要素を削り、歴史の改変だと批判を浴びた。伝え方の誤りも8年間放置されている

▼元衆院議員の古堅実吉さんは学生時代、32軍壕の構築作業や戦闘に動員され、周辺で学友を失った。今、90歳。「人はいずれいなくなる。現物を公開してほしい」と願う

▼焼失した首里城の再建と併せ、たとえ限定的でも安全性に配慮した公開方法を探れないか。実相を知る世代から直接、伝え方に魂を入れてもらう機会は今しかない。(阿部岳)