幕尻V

 相撲界には、なかなか上位に定着できず、成績や番付が上昇と下降を繰り返す力士を指して言う「エレベーター」という隠語がある。大相撲初場所で20年ぶりの幕尻優勝を飾った徳勝龍関もそんな力士の1人だ▲なにしろ、3日目から13個、きれいに白星を並べて大きく勝ち越した今場所の星を入れても、幕内25場所の通算成績は171勝204敗の負け越し。今場所は3度目の「返り入幕」だった。千秋楽、結びの一番に臨む自身の姿を場所前に想像できていたかどうか▲「三役そろい踏み」では、不安そうに隣の力士の所作をちらりと横目でうかがうようなそぶりも見せた。しかし、相撲では大関の突進をどすんと組み止めると休まず攻め立て、堂々と寄り切った。ひと声吠えると勝ち名乗りを待てずに号泣▲優勝インタビュー。私なんかでいいんでしょうか、優勝は意識することなく…ウソです、めっちゃ意識してました、と軽妙な話術で笑わせたが、場所中に急逝した大学時代の恩師に話が及ぶとこらえ切れずに涙、父母の話でまた涙▲出世の階段をひと息に駆け上がる新鋭の活躍は楽しいが、エレベーターの苦労人の喜びの弁もしみじみいい▲角界で少数派になりゆく昭和生まれの遅咲きの大輪、暖冬の土俵に何だかほっこりよく似合う。心からの拍手を。(智)

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