ひとりぼっちを恐れるな!おひとりさま修行で観た OMD 来日公演 1987年 1月21日 オーケストラル・マヌーヴァーズ・イン・ザ・ダークが来日東京公演を中野サンプラザで開催した日

1987年、オーケストラル・マヌーヴァーズ・イン・ザ・ダーク来日公演

先日、知人と話をしていて「ライブにひとりで行けない」ということが話題になった。そういう方は少なくないと思う。実際、友人と一緒に行った方がテンションが上がるし、終演後の呑みも楽しい。しかし、もしもどうしても見たいものがあり、友人が誰も一緒に行ってくれなくても、自分はひとり分のチケットをとろうとするだろう。1980年代も、そんなことがしばしばあったから。

学生時代は基本的に貧乏だ。当然、行くライブも厳選する。運が良ければ、一緒に行ってくれる友人も見つかるが、そうでないときもある。それでも、若い頃の “行きたい” 熱は、今のそれとは比べ物にならないほど高カロリーだ。ひとりでも絶対、行く。行くと決めたら行く!

ソコソコ程度にメジャーなイギリスのバンドの来日公演では、こういうケースが多かった。周囲にはギターロック好きが多かったので、とくにシンセ主体のニューウェーブ流れのバンドは、だいたいそっぽを向かれる。そんな中で、ちょっとショックだったのは、オーケストラル・マヌーヴァーズ・イン・ザ・ダーク(以下、OMD)を誰も一緒に行ってくれなかったことだ。

チケットに記された中野サンプラザの席番は「O」列?

田舎で過ごした高校の頃から好きだった OMD。その来日公演のニュースを知ったのは秋の寒い日だったと思う。朝刊の広告でそれを知るや否や、例によって早朝の電車に飛び乗り、整理券を求めてウドー音楽事務所へ。取れた番号は10番台の前半だ。これは良席が期待できるぞ!

で、一緒に行ってくれそうな友人を探したが、皆一様に「OMDは、ちょっと…」という反応だった。「絶対、前の方の席だから!」と力説してもラチが開かない。仕方ない、これも修行だ…… そんなワケで、おひとり様分のチケットを取るために、再びウドーへ。そしてチケットに書かれていたのはアルファベットのOの列。ABC順だとしたら、15列目!? もっと前だと思ってたのに! まあ、もし一緒に行く友人がいたら、言い訳しないといけないし、これはこれでよかったのだ…… と自分を納得させた。

そのときの自分は知らなかったのだが、会場の中野サンプラザには0(ゼロ)列というのがあった。これはオーケストラピット用の座席を開放した部分。そう、チケットに記されたていたのはO(オー)ではなく、0(ゼロ)。会場に着いて、その席を探したら、並びでは2列目だ!おー、間近で見られる!!

「エノラ・ゲイ」をはじめ、代表曲オンパレード! 素晴らしい演奏!

ライブは本当に素晴らしかった。メンバーはつねにニコニコしながら楽しそうに演奏していた。当時の新作『ザ・パシフィック・エイジ』からの曲を中心に、『CNNデイウォッチ』のオープニング曲になっていた「エノラ・ゲイの悲劇(Enola Gay)」や、彼らの最大のヒット曲「イフ・ユー・リーヴ」、個人的に死ぬほど好きな「テスラ・ガールズ」等々、代表曲はほとんどやってくれた。

中でも思い出深いのは、『パシフィック・エイジ』からの2枚目のシングルカット曲で、アンコールでプレイした「ウィ・ラヴ・ユー」。「♪ 僕らは君を愛してる 君のためなら死ねる いつも君を必要としている」というサビの部分の歌詞は少々大げさではあるが、ぼっちでライブに来た身には沁みた。

おそらくはその大げさな歌詞のせいかもしれないけれど、「ウィ・ラヴ・ユー」はこの後に出たどのベスト盤にも収録されることはなかった。が、2019年にリリースされた集大成的な2枚組のコンピレーション『Souvenir』に、ついに収録された。しかも、シングル用のエディット・バージョンで!

ともかく、大人になり友人・知人が増えるにつれて、ライブに一緒に行ってくれる人も増えた。今では、たとえひとり分のチケットを取ったとしても、行けば誰か知り合いがいるに違いない…… と楽観していたりする。チケット争奪に費やすカロリーは減退した。でも、年を重ねたからこそ、の良いこともある。

カタリベ: ソウママナブ

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