卓球は“スピード”と“回転”どっちが大事?<息子が読み解く“世界のオギムラ”#5>

写真:荻村伊智朗氏/提供:アフロ

故・荻村伊智朗(おぎむらいちろう)氏の現役時代の卓球ノートが自宅から発見された。

荻村氏は選手時代に世界選手権で12個のタイトルを獲得、引退後はITTF(国際卓球連盟)会長も務めた日本卓球界のレジェンドだ。

本企画では長男・一晃(かずあき)氏が、「ミスター卓球」とも呼ばれOgi(オギ)の相性で世界中から親しまれた父・伊智朗氏の人生を“世界一の卓球ノート”から読み解く。第5回となる今回は、卓球を構成する2つの要素「スピード」と「回転」に迫る。

卓球で重要なのは「スピード」か「回転」か

写真:現役時代の荻村伊智朗氏/提供:荻村一晃

卓球は奥が深い。特に打球時に「回転」をかけるのか「スピード」を出すのか、はたまた2つをどう組み合わせるのか、選択肢は無限にある。

荻村は特に攻撃において「回転」と「スピード」のどちらを重視するかについて深い考察をしていた。まず「回転」を重視する打法をドライヴロング打法(現在のドライブ)、「スピード」を重視する打法をプッシュロング打法(現在のスマッシュ)と分類している。

ノートには以下の記載がある。

ドライヴロング打法において打球に用いられる力は
1.球に廻転を掛ける(Spin)
2.球に前進力をあたえる又高さをあたえる(方向)(速度)
の二方面に熱や音響その他必要なエネルギーを除いて用いられる。

荻村はドライブロングではスピンとスピードの2つに分散されるエネルギーが、プッシュロングでは「スピード」(方向・速度)のみに集約されるため、スピードで勝ると考えていた。

現代卓球では純粋なスマッシュはほとんど用いられず、ドライブを主戦とする選手が多いため、「ドライブの中で回転とスピードのどちらを重要視するか」と考える傾向にあるが、当時は用具が現在ほど発達しておらず、回転とスピードを両立するのが難しかったため、このような認識だったわけだ。(当時の用具のレベルを想像する際には、現在の表ソフトラバーを使ってドライブマンとしてプレーする姿をイメージするとわかりやすいかもしれない。)

「スピード」は根本的、「回転」は技術的

写真:荻村伊智朗氏のノート/提供:荻村一晃

卓球においてスピードと回転のどちらが重要か?また、どちらが強いのか?

この問いに対して荻村は「スピード」は“根本的”な問題、「回転」は“技術的”な問題と位置づけていた。

より詳しく解説しよう。

「スピードが有りすぎる」のと「回転がありすぎる」時では、どちらが有利なのか?

答えはスピードである。

スピードがあって追いつけない、スウィングが間に合わないことはスポーツに於ける根本的問題である。一方で回転をかけたボールは、相手のタイミングを外したり、相手の打法に困難をもたらすという意味で技術的な問題がある。

具体例を挙げると分かりやすいのだが、高いチャンスボールが上がった時にこれを強打(すなわちスピードに重点を置く打法)しようとする者はあっても、これに最大のスピンを掛けようとする者はほとんどいない。

高いチャンスボールが来たら誰でもスマッシュを打つ理由は、スピードによって「追いつけない」状況をもたらすからだと書いてあるが、回転を掛ける選手をいけないとは言い切れないとも続けている。

回転をかける意味とは

荻村はノートの中で、回転の効用(目的)は以下の二つに分かれるとしている。

①相手のコートに入れるために
(安全率を高くするためのドライヴィング)
(空気抵抗)

②相手コートに入ってからボールがのびて相手の予測せざる運行をなし、timing及び打法的(技術的)困難をもたらす
(タイミングは根本的、捌きの困難は技術的)

①については、「前進回転による空気抵抗によってボールが相手コートに入りやすくなる」ということを大切に考えていた。また、カットをスマッシュする場合は「相手の下回転を自分の前進回転に利用できるので切れたボールを狙うべきだ」とも荻村は言っていた。ボールのスピードを上げて相手コートに入れるためには、スピードに応じた回転が必要だと考えていたわけだ。

②の「相手コートに入ってから」という意味はバウンド後だけではなく、落下点(ボールの軌道の変化)とバウンド後の変化の両方を意味している。

回転量が大きいために予想より飛んでこないと感じたり、予想以上に伸びたり曲がったりすることが有利に働くということだ。最近では台に近いバックハンドにおいても「押す」「止める」「伸ばす」「曲げる」など、バウンド以前の長短の変化と、バウンド後の変化の両方を意識してプレーしている選手も少なくない。

水谷隼選手や伊藤美誠選手などは、このようなプレーを行うことで、相手選手のミスを誘い安定して得点を重ねていくのが上手い。得点ということを考えると回転の試合に対する貢献は「バウンド前後の変化」であるが、相手のコートに入れるためにも必要不可欠であると結んでいる。

打球点とスピード

写真:現役時代の荻村伊智朗氏/提供:荻村一晃

Ogiはスピードを追求して得点するために、「もう一つのスピード」とも言える打球点に関しても細心の注意を払っていた。

打球点が1センチ早くなれば、往復2センチ分スピードが上がるという考え方だ。強く打つためにスウィングが大きくなれば時間がかかる。これにより強く打つために打球点を遅らせるのか、強さを弱めても打球点を優先するのか、選択肢は無限となる。

現代では、この打球点の早さを使ってスピードを出すという方法で、張本智和選手や伊藤美誠選手などが活躍している。

荻村は、当時から打球点を意識していたわけだが、その構成要素として「指→手首→肘→肩→腰」と小から大へと個別に考えていた。

指:主にサービス、台上処理
手首:主にサービス、台上処理、バックハンドフォアハンド(回転)
肘:三種類(屈伸、捻転、回旋)の使い方を意識し、主に台の近くでの打法全般
肩:主にフォームの大きい打法全般
腰:捻りの大きさにより変化するが、主に強めの打球

スマッシュなどで振りのサイズを最大にしたい場合には、支点を体ではなくフリーハンドにすることにより、さらに大きくするという意識もあった。

このように荻村は卓球におけるあらゆる要素を分解し、一つ一つについて深い考えを巡らせたうえで、練習やトレーニングで追求していくことで世界の頂点に立つことが出来た。逆にここまでしなければ世界の頂点には立てないと考えていたのだ。
(続く)

文:荻村一晃
企画協力:Labo Live

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