テレビの歌番組から消えた「イントロ曲紹介」絶対に笑ってはいけないその存在意義 1986年 10月2日 松下賢次アナウンサーが「ザ・ベストテン」の司会者として登場した日

テレビの歌番組で増えたモノ、消えたモノ

テレビの歌番組は、時代の移り変わりと共にその内容も変化してきた。様々な要素を以て構成されている歌番組の世界であるが、そんな歌番組の中でも、イチ視聴者の目線で記憶を辿ってみると、増えたり減ったりしたモノが色々とあることに気付く。

僕が、昔より増えたなあと感じるのは”歌詞の字幕テロップ”。最近だと歌手の装着する”イヤーモニター”なんかも増えたと思うアイテムだ。逆に”バンド生演奏”や”手の込んだセット”などは随分減った気がする。

そして、平成以降の歌番組で殆ど見なくなったモノの代表と言えば、やはり “イントロ曲紹介” ではないだろうか。そう、イントロが流れている最中に司会者がコメントを被せていくあの方式だ。今回はこの曲紹介にスポットを当ててみたい。

演歌では定番、平成の歌番組で見かけなくなった「イントロ曲紹介」

歌番組における曲紹介は、曲紹介が完全に終わってからイントロが流れ始めるタイプと、イントロが流れている間に曲紹介を被せるタイプの2つに大別される。80年代で例えるなら、前者の代表が『夜のヒットスタジオ』で、後者の代表が『ザ・ベストテン』である。現在の歌番組の多くは前者のタイプを採用している。『ミュージックフェア』で、仲間由紀恵さんと軽部真一アナが「どうぞ~!」と言うやつは、曲と声が被らないので前者のタイプだ。

元々、イントロにナレーションを被せると言うのは演歌の世界では定番で、玉置宏さんや浜村淳さんの名調子が思い浮かぶが、『ザ・ベストテン』のそれは、むしろラジオの DJ がイントロの最中に曲紹介をするイメージに近かったように思う。生放送ならではのライブ感・スピード感があって、僕はこの曲紹介方式が好きなのだが、司会者の力量が問われる方式でもあり、2代目男性司会者の小西博之さんあたりは、この曲紹介に非常に苦労していた。

ザ・ベストテン名物、松下賢次アナの「近況紹介イントロ」は今なら苦情殺到?

この、『ザ・ベストテン』のイントロ曲紹介であるが、基本的には、男性司会者が視聴者からのリクエストハガキを読むパターンが多かった。しかし、実はもうひとつの紹介パターンが存在した。それは、イントロの最中に歌手の近況を報告する類のものである。この “近況紹介イントロ” の使い手として印象的なのが3代目男性司会者の松下賢次アナだった。

1986年10月2日の放送回から、小西さんの後を継いで、黒柳徹子さんのパートナーとして司会に就任した松下アナ。元々はスポーツ畑のアナウンサーであったが、番組にはたちまち解け込んだように見え、在任中は、自分で自分を “世界の松下” と呼称するお調子者の一面と、しばしば、とんねるずの標的にされる気の毒な一面を披露し、お茶の間を楽しませてくれていた。

そんな、どこかトボけた味のある松下アナは、女性アイドルの日常を紹介するナレーションは妙にマッチしていた。いくつか記憶に残る物を挙げてみよう。

■ Oneway Generation / 本田美奈子

「現在本田さんの体重は38キロ。せめてあと5キロぐらいは太りたいと最近では毎朝毎晩必ず豚汁を食べているそうです。今週の第9位、本田美奈子さん、Oneway Generation、さっそくどうぞ!」(1987年3月頃)

■ C-Girl / 浅香唯

「現在128枚のパンツをお持ちの浅香さんですが、盗まれないように洗濯物は必ず部屋の中に干すそうです。今週第3位、C-Girl。浅香唯さんです」(1988年6月頃)

■ ツイてるねノッてるね / 中山美穂

「とにかくハードスケジュールの中山美穂さんの発散方法はもっぱら衝動買いだそうです。よく渋谷で買い物をするんだそうです。皆さんも渋谷で美穂ちゃんに会えるかもしれませんよ。ツイてるねノッてるね、今週第9位です」(1986年10月頃)

見事なまでにどうでもいい情報のオンパレードである(笑)。

今の歌番組でこういうヘンテコな曲紹介を、しかも曲に被る形でやったら、視聴者から苦情が殺到するおそれがありそうだ。しかし、あの頃はそういったクレームは聞いたことがない。故に、この種のものは充分視聴者に受け入れられていたのだろう。どこかネジのゆる~いイントロ曲紹介は、好景気な時代のムードと合っていたのかもしれない。

80年代の歌番組を彩った「イントロ曲紹介」の意義

ただし、『ザ・ベストテン』が令和の現在まで続いていたとして、このイントロ曲紹介が安泰だったかはわからない。なぜかというと、近頃のヒット曲にはイントロが無い物が多いからである。これに関しては、藤田太郎さんが詳しく纏めた note(作品配信サイト)があるのでそちらを参照されたいが、それによると、2019年の年間ベスト10のうち6曲が、ほぼノーイントロな曲との事。これは、かつての松下アナのイントロ曲紹介が好きだった僕から見ると、ちょっと寂しい傾向ではある。セルフプロデュースの意識が高まっている現代では、もはや “イントロ曲紹介” は邪魔な代物となってしまったのかもしれない。

だけど、“Introduction” という単語には、序章や前置きといった訳のほかに、それ自体に “紹介” という意味がある。80年代、“歌い手” と “視聴者” の直線関係の横に、“紹介者” という第3の存在が居た、当時の歌番組は、見方によっては、今よりも豊かだったと言えるだろう。

さて、2020年代の楽曲における “イントロ” の、メディアでの扱われ方はどのように変化していくだろう。イチ視聴者としては、これからもイントロを取り巻く世界から目が離せないのである。

カタリベ: 古木秀典

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