2020年未来到達!AKIRA の世界観を作り上げた芸能山城組 1988年 7月16日 アニメーション映画「AKIRA」が劇場公開された日

2019年12月、目黒シネマで「AKIRA」上映

2019年12月14日、目黒シネマで『AKIRA』が上映された。久しぶりに堪能する35ミリフィルムの映像は、時の経過が刻んだフィルム傷さえ素晴らしいものに思われた。

劇場の入口に足を踏み入れた途端に印象的なサウンドトラックが出迎えてくれる演出もイイ。気分は上々、期待感が高まる。待合室には、主人公・金田の赤いジャケットと近未来のバイク。よく見ると手作りであり、レーザー砲も再現されていた。いい大人たちがレーザー砲を片手にバイクに跨り写真を撮り合っている。

展示コーナーの壁に貼られた伝言板には「大友すげえ… オレ大友みたいになりてぇ!」と殴り書きされていて、作品への愛が直に伝わってきた。

原作と監督は大友克洋、近未来を描いた大予言ムービー

さて、まずは映画『AKIRA』とは何か、軽くおさらいしておく。

大友克洋原作のこのアニメーション映画は1988年7月16日、東京が新型爆弾の爆発で壊滅するところから始まる。舞台は東京湾を埋め立てた人工都市 “ネオ東京” だ。

第三次世界大戦からの復興途上にある2019年、東京オリンピックを翌年に迎える華やかな繁栄の陰で人心は荒廃、反政府運動(デモやテロリズム)が横行し、若者たちの間ではドラッグが蔓延、行き場のない思いから彼らはバイクの暴走行為に明け暮れている。暴走グループの抗争が激化する中、不良少年・金田と鉄男は超能力実験体であるタカシ(26号)と遭遇する。

そう、この『AKIRA』という作品には、冷戦後のもう一つの2019年が描かれている。原作者であり、監督でもある大友克洋が予見したビジョンは現代の世界に多くの爪痕を残した。数年前、2020年の東京オリンピックを予言したとネットでは大きく話題になっていたが、時が進むにつれて物語や映像に仕組まれたその細かなディティールが現代社会と大きくリンクすることになった。

現実世界におけるここ数年の事象でいえば、危険ドラッグの蔓延、国会前での安保法案への大規模な抗議デモ、反原発運動。令和に至っては、桜を見る会の問題など政府に対する不信が大きく膨らんでいるし、半グレ集団の勃興、あおり運転など人心も以前に増して荒廃している。また渋谷スクランブルスクエアなどに見られる再開発などはネオ東京の巨大ビル群を彷彿とさせる風景と言えるだろう。

「AKIRA」が生まれた背景。社会不安、終末思想、オカルト、超能力…

50年代半ばから70年代初頭にかけて、日本の漫画やアニメのほとんどが高度経済成長を続ける中で科学が幸福を運んでくる様を描いてきた。

ところが世相は一変。ベトナム戦争や連合赤軍事件、石油ショックなどの影響なのか、社会不安の中で1973年になると『ノストラダムスの大予言』が100万部に及ぶ大ヒット。さらに1974年にはユリ・ゲラーが来日。テレビの電波を通して念力を送り、止まっていた時計を動かすパフォーマンスやスプーン曲げで “超能力ブーム” が巻き起こった。この頃、オカルトは間違いなくメディアを席巻していたのだ。

その後は『マッドマックス2』(1981年)で描かれた “世界大戦後の荒廃した未来描写” から漫画『北斗の拳』(1983年~)が生まれたり、リドリー・スコットが作り上げた『ブレードランナー』(1982年)の退廃的で暗鬱なロサンゼルスの風景からディストピアを多くの人たちが想像することになった… 第三次世界大戦への不安、終末思想、オカルト、超能力 etc. 『AKIRA』はこうした世相や背景を前提として生まれたという訳だ。

科学✕音楽という特殊なユニット、芸能山城組の誕生

オカルトと超能力ブーム真っ只中の1974年―― 『AKIRA』のサウンドトラックを担当する芸能山城組が誕生した。それを統率していたのがアーティスト・山城祥二こと大橋力(おおはし・つとむ)だ。大橋氏は地球生態系を蝕み、その犠牲の上に繁栄を築いている現代文明の矛盾を訴え続け活動している科学者でもある。

また山城組のメンバーも変わっている。芸術・芸能を職業とせず、教育者、ジャーナリスト、エンジニア、学生と多彩なメンバーを集めているが、その中には生命科学、脳科学、数理科学、心理学、情報工学などの博士号を持つ者もいるという。そうした彼らの活動は、一見、音楽とはかけ離れた調査や研究、企業との開発プロジェクトなど、広範囲にわたるものだった。

最先端の人間科学を採り入れて人の快感を呼び覚ます視聴覚を研究したり、インドネシア・バリ島の打楽器演奏を習得するため、現地の村落に100人を超えるメンバーを住み込ませ、マン・ツー・マンで教わるなど、その取り組みの姿勢は実に印象的だ。このように徹底してクオリティを追求する姿は音楽家というよりは研究者ならではのアプローチと言えるだろう。諸民族が長い時間をかけて練り上げてきた音楽的表現を収集・研究・再構築し、こうして過去と未来を繋ぐ新たな音楽が完成した。

映画の演出は、音楽を先に録音する「プレスコ方式」を採用

ガムランの演奏は身体の深い部分、脳細胞の深淵にまで響いてくる感じがする。これは最早、神の領域―― 竹の木琴ともとれる打楽器・ジェゴクからは生と死、終末と再生を感じとることができるし、青銅を打つ音色の広がりと心の底に響く振動は、無常の中に独特な癒しの感覚さへも孕んでいた。

芸能山城組は1986年にガムランや日本のお経などを取り入れた『輪廻交響楽』を発表。大友克洋がこれに強く触発されたのをきっかけに映画『AKIRA』のサウンドトラックを作ることになる。同作の音楽は破壊を一つの大きなテーマとし、“祭り” と “レクイエム” という二つのコアを持つ。バリの祝祭芸能 “ケチャ” の魂をも採り込んだ圧倒的な熱量と存在感ある音楽は強烈なインパクトを放った――

「音を先行させて、それに合わせて絵を描きたい」

『AKIRA』は作画に先立って台詞や音楽を録音するプレスコ方式を採用。こうした大友監督の演出もあって、映像と音楽は独立した立ち位置で作られ、映像に影響を受けない力ある音源が実現、AKIRAの世界観を決定的なものにしている。

2020年未来到達!過去と現在を繋ぐガムランの調べ

さて、映画が公開された1988年から32年を経て、東京オリンピックが開催されるであろう2020年に僕たちは生きて辿りついた―― そして今や『AKIRA』の舞台となった時代が過ぎ去ろうとしている。

その2020年はドローン攻撃によるカセム・ソレイマニ司令官殺害で一気に国際社会の緊張が高まり、イランが米軍のイラク駐留基地をミサイルで報復攻撃。ネットには“# 第三次世界大戦” というタグが上がっていた。今も昔も世界は不条理で、人という種は未熟なままだ。

『AKIRA』の作中で予知能力者のキヨコ(実験体25号)が以下のような予言をする。

「夢を観たの… 人がいっぱい死んで、私たちはもう一度アキラ君に会ったの」

いったんすべてを壊さなければ、新しい世界は生まれないのだろうか―― いや、キヨコはこうも言っている。

「未来は一方向にだけ進んでいるわけじゃないわ。私たちにも選べる未来があるはずよ」

2020年を超えて過去と未来を繋ぐガムランの調べが僕たちの未来の行方を教えてくれているような気がした。

カタリベ: 鎌倉屋 武士

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