なぜ「WEST EXPRESS 銀河」に「クシェット」ができたのか? 川西康之さんの語るデザインの意図とは

「WEST EXPRESS 銀河」とデザイナーの川西康之さん

2020年1月25日(土)「WEST EXPRESS 銀河」報道公開――その全貌が公開されるやいなや、鉄道ファンの間では「夢を詰め込んだような車両だ」といった期待の声が上がりました。新しい「銀河」の装いはかつて日本で運行していた夜行列車たちを思わせるもので、これが若い鉄道ファンに深々と「刺さった」のです。

日本の夜行列車は採算性などの問題から1990年代から相次いで廃止され、2020年1月現在定期運行しているのはサンライズ瀬戸・出雲のみ。今の若い鉄道ファンは、そうした時代の流れの中で夜行列車が引退していくのを見送った世代です。

記者も子供の頃は『金田一少年の事件簿』などを読みながら、プルマン式寝台に寝転がってみたいなぁと憧れていましたが、20代の頃は寝台車に乗るような贅沢が出来るほどのお金もなく、気付いた頃にはもう列車そのものがなくなっていました。あとに残ったのは消えていった列車たちへの漠然とした憧れだけ……そこへかつての夜行列車要素をふんだんに詰め込んだ「WEST EXPRESS 銀河」が登場したのですから、盛り上がるのも無理はありません。

フリースペースの名称・デザインにかつての夜行列車の面影が

しかし「WEST EXPRESS 銀河」はあくまで117系を改造した長距離列車。過去の夜行列車から様々な意匠を継承してはいるのですが、デザインにあたっては「いかに列車の中で長時間過ごしていただくか」という観点から注意深く設計されています。

報道公開ではデザインを担当した株式会社イチバンセン 代表取締役の川西康之さんも登場。「WEST EXPRESS 銀河」について語っていただきました。本記事では117系改造車という制約のもと、いかに長時間乗車を楽しめる列車をデザインしたか、その設計に込められた意図などを取り上げます。

最大のテーマは「いかに”時間”をデザインするか」

フリースペース「明星」 静かに過ごしていただく場として設計された

京阪神と出雲や広島・下関方面を結ぶ「WEST EXPRESS 銀河」は長時間乗車を前提としています。5月から運行を開始する京阪神→出雲間の所要時間は12時間ほど。途中駅での停車時間などがあるとはいえ、この乗車時間は夜行バスと比較しても長い。

では乗車中に何をすればいいのか? 「WEST EXPRESS 銀河」では沿線自治体の方々が4号車に乗り込み物販やイベント等を行う計画こそあるものの、「瑞風」のように乗務員が大勢乗り込んで豪華な食事を出すといったサービスは最初から想定されていません。利用者は「楽しませてもらう」のではなく、自分で旅のやり方を考え「楽しみを見つけ」なくてはならない……と言えば聞こえはいいのですが、これは長時間乗車の気を紛らわすのに使える手段が限られているということでもあります。

となれば列車の中にも乗客自らが長時間楽しめるような仕組みを用意する必要があります。そのためにデザインの力を最大限利用する。これが大きなテーマでした。

利用者を退屈させない仕掛けの最たるものは「窓」でしょう。「WEST EXPRESS 銀河」は西日本沿線の山陰・山陽を行く列車ですから、沿線の絶景こそが最大のごちそうとなるはず。これを楽しんでいただくため、窓の位置や大きさには細心の注意を払っています。たとえば6号車の個室では「寝転がりながら景色を眺められるようベッドの座面をかなり高く」しています。

窓方向を向くソファ席はこのように倒すことでフルフラットにできる
寝転がったままでもこの広い窓から景色を眺められる

もう一つのデザイン上の工夫は「フリースペース」を設けたこと。「彗星」「遊星」といったフリースペースをたくさん用意することで「とにかく車内を歩き回っていただく」ようにしています。

各スペース全く同じ仕様では歩き回る意味も薄くなりますから、「明星」は静かに過ごす場所、4号車の「遊星」は利用者同士で歓談の出来る場所とするなど、性質の異なる部屋に。車内のしつらえやデザインをそれぞれ異なる色にしているのも、フリースペース同様回遊性を高め「車内を歩き回っていただく」ための工夫に他なりません。

4号車「遊星」は夜行運転の場合でも夜通し照明をつける。ところでYOU SAYという表記には「ここで存分に喋ってほしい」という思いが込められているのだろうか?

余談ですが、フリースペース「彗星」「明星」はかつて運行していた夜行列車の名前です。デザインもそれぞれのヘッドマークを踏襲しています。「遊星」のデザインも「銀河」のヘッドマークのオマージュ。

「WEST EXPRESS 銀河」の車内設備やフリースペースの名前は川西さんとJRの間で議論した上で定められたものですが、先に決まったのは設備名称の方でした。しかしこちらは横文字ばかりでどうにも覚えにくい。それならフリースペースの名前は漢字にしよう、昔の列車の名前にしよう……という流れでこうなったと川西さんは語ります。

もし設備名が横文字でなければフリースペースの名前もまた違ったものになっていたかもしれない

「寝る」ためではなく「過ごす」ためのスペース

5号車の車いす席。後で出てくるクシェットの下段と見比べてみてほしい

2号車や5号車の「クシェット」に関しても面白い話があります。当初JRからは「サンライズ」の「ノビノビ」と同じものを作ってほしいと要求されていましたが、その案は採用されませんでした。

「あの空間は寝るだけならいいんですけど、過ごす空間としては厳しい。それはあかんなと思いまして。古典的ではありますが、旧来のクシェットのやり方であれば立つこともできる。通路とは違うところで立って寝て起き上がれる」

ここからも「WEST EXPRESS 銀河」の設計思想が読み取れます。「寝る」ための列車ではなく「過ごす」ための列車。懐古趣味が昂じたのではなく、長時間移動に適したデザインを突き詰めた結果としての「クシェット」採用だったのです。

デザインにあたっての最大の難点は、117系改造車ゆえ天井までの高さが2100mmしかないことでした(車両にもよりますが通常の通勤用電車なら2300mmほど)。

川西さん曰く、通常の椅子の高さは床から400mmがベスト。しかし400mmの高さにすると頭を打ってしまうことから、クシェットは下段の高さを150mmまで下げています。これでは椅子としては成立しません。「クシェットのお客様には4号車などのフリースペースまでお越しいただき、手足を伸ばしていただいて体勢を変えていただきたい」とのことでした。

クシェットの下段は低い位置に設置されている

居住性を重視する姿勢は1号車のファーストシートにも生かされています。人間は腰の位置やお尻の位置が変わらなければ疲れてしまう生き物です。腰と背筋の位置は人間の居住性に極めて重要、ならば最大の贅沢は姿勢を変えられることではないか……

1号車のグリーン車指定席を倒し……
座席をベッドに。グリーン車はリクライニング席という固定概念を離れ、方向性の異なる贅沢仕様になりました

「雪月花」からのフィードバック、ヨーロッパの夜行列車も参考に

えちごトキめきリゾート雪月花 写真:鉄道チャンネル編集部

川西さんは過去にえちごトキめき鉄道の観光列車「えちごトキめきリゾート雪月花」のデザインも担当しています。

「雪月花」は2両編成であり、また乗車時間が2時間~3時間ということで「WEST EXPRESS 銀河」とは設計思想が根本的に異なります。しかし、車内の回遊性やパーソナルスペースを徹底しようという考え方は雪月花と変わりません。

昔の夜行列車も参考にしたと言います。氏はフランス滞在経験があり、今から15~6年前、ヨーロッパ各地で走っていた夜行列車(シティナイトラインなど)を観察した経験が「WEST EXPRESS 銀河」にも生かされています。

出来ることなら「星空の食堂車」もやりたかったとのことですが、117系の改造車ゆえ触れないところも多く、これは断念。川西さんが新車の設計を担当する時が来れば、星を眺めながら食事ができるような列車が生まれるかもしれませんね。

報道公開された「WEST EXPRESS 銀河」

過去の夜行列車から様々なモチーフを継承し、鉄道ファン・夜行列車ファンの夢を詰め込んだようにも見える「WEST EXPRESS 銀河」――しかしながら、そのデザインはあくまで「長距離移動」を念頭に置いてなされたものでした。

1月27日には構内試運転も行われ、走る姿を捉えたファンからの期待感も高まっています。デビューまであと3ヶ月。チケットが争奪戦になってしまうのではないかという懸念はありますが、実際に走る姿を見るのが楽しみでなりません。

記事/写真:一橋正浩

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