精神科医に聞く、上司と部下の理想の対話とは?1on1の危険性

職場のコミュニケーションを深めるために、これまでは懇親会や飲み会などが行われてきましたが、最近は「1on1ミーティング」を取り入れる会社が増えています。一体どんな効果があるのでしょうか。また、行う際に注意すべき点はあるのでしょうか。精神科医の斎藤環さんに伺いました。斎藤さんは、1on1を行う際は、気をつけなければ社内の人間関係を悪化させてしまうと警鐘を鳴らします。


1on1ミーティングとは?

今、チームのコミュニケーションを深め、パフォーマンスを上げるために、「1on1ミーティング」を導入する企業が増えています。

1on1ミーティング(以下1on1)とは、上司と部下が1対1で定期的に行うミーティングのこと。人材開発論・組織開発論を専門とする立教大学経営学部中原淳教授は、1on1を以下のように定義しています。

・上司と部下が、隔週から一ヶ月に1度くらい、1回15分ー30分程度の面談を行い、日々の業務の振り返りをおこなったり、相談をすること

頻度は企業によって様々ですが、1on1をさきがけ的に採り入れたヤフーの場合は週1回と決まっています。

いわゆる従来の「面談」との違いは、

・上司のためではなく、部下の成長のために行うものであること

・上司が部下を指導や評価する場でなく、部下の話を傾聴する場であること

・年2〜3回行う評価面談よりも日常的であること

などの点が挙げられます。話す内容は、業務の進捗確認から仕事の振り返り、仕事の悩み、キャリアプランまでと多岐にわたり、自由度が高いことも特徴です。

また、単なる業務報告に終始するよりも、部下の人生観に関わる深い話まで聞くことができるほど1on1は成功しているとみなされる傾向があります。そのため、1on1を紹介した本やテキストでは、部下の信頼を得て心を開かせるために、「傾聴」や「自己開示」といったカウンセリングの技法も紹介されています。

(※)本間浩輔『ヤフーの1on1 部下を成長させるコミュニケーションの技法』ダイヤモンド社、世古詞一(2017)『シリコンバレー式 最強の育て方 ―人材マネジメントの新しい常識 1on1ミーティング―』かんき出版やグーグルの公式テキストなどによる。

大企業やベンチャーで導入

1on1は、よく「シリコンバレー発祥」や「シリコンバレーで広く導入されている」などと紹介されていますが、GoogleやMicrosoftなどの超有名企業が導入しており、Facebook、Twitter、Skypeなどに投資したシリコンバレーの有名投資家、ベン・ホロウィッツ氏も推奨しています。

日本では、2012年に導入したヤフーをはじめ、楽天、ソニー、パナソニック、モノタロウ、日清食品、クックパッド、ビズリーチなどのベンチャーや大企業を中心に導入が広がっています。コーチングサービス・人事制度サービスを提供するビズコーチが、2017年に企業の人事部を対象に実施した「1on1ミーティングに関するアンケート」によれば、約30%の企業がすでに導入しており、約50%の企業が、半年以内の導入を検討しているか、導入することに興味があると回答しています。

1on1のメリットは?

1on1の本やテキストによれば、以下のようなメリットがあると言われています。

コミュニケーションの活性化によるチームのパフォーマンス向上、タイムリーに相談ができる・報告を受けられる・対策を立てられること、部下の人となりを知ることができること、上司と部下の信頼関係が深まること、部下のモチベーションアップ……等。

Googleも、1on1の重要性を指摘。同社が行なった「プロジェクト・アリストテレス」という研究によれば、チームのパフォーマンスを上げる要素の中で最も重要なのは「心理的安全性」だといいます。心理的安全とは、「チームメンバーがリスクを取ることを安全だと感じ、お互いに対して弱い部分もさらけだすことができる」状態です。これを高める方法として、Googleは1対1の定例外の会話、意見交換、キャリアに関するコーチングのための時間を作ること、傾聴が大切だと言っています。

疑問視する声も

1on1を取り入れている職場では、賛否両論の声が上がっています。

肯定的な意見には以下のようなものがありました。

・1on1がなければ忙しい上司と話をする場が持ちづらいのでありがたい(30代)
・部下の考えていることや、人となりを改めて知ることができた(40代)
・どうやって目標を達成したらよいか客観的にアドバイスをもらえる(20代)

否定的な意見には以下のようなものがありました。

・上司(特に異性)と二人で個室にこもるというのは結構なストレス。(30代)
・部下から「ここだけの話」のような同僚の悪口も出てくる。制度が不信感を作るのではないか?(40代)
・本音で話せるわけがないので当たり障りのないことしか言えません。(20代)
・毎週30分も話す話題がないので、どうしてもプライベートな話題になってしまう。本当はあまり話したくないのに…。(20代)
・人によって時間の取り方や扱いが違った。1on1の上司と親しくなって、時間を延長してずっと話していた子がいた。仕事面でも明らかにひいきされるようになって、チームの和が乱れた。(30代)
・恋愛になってしまいそうな雰囲気があり不安。好意を持たれても、逆に変なことを言って嫌われても困る。(20代)
・話したことは秘密なはずなのに、後日、周りに知られていることがわかり唖然とした。(30代)

知らないと怖い1on1の影響

そこで、1on1の良い点と問題点について、精神科医の斎藤環さんに伺いました。斎藤さんは最近、複数で対話をしながら精神病を治療する「オープンダイアローグ」という治療法について研究・執筆しています。1on1とは対極的な世界観のオープンダイアローグの観点からみると、1on1ではどんな問題が起こりうるか、実施する時には何を注意すべきなのでしょうか。

──1on1についてどんな感想を持ちましたか。

斎藤環(以下斎藤):何もしなければコミュニケーションがゼロになってしまう、もしくはメールだけになってしまうという状況の中では、顔を突き合わせて言葉を交わすチャンスはあったほうがいいと思います。

しかし、研修を受けていない人が、安易に密室で1対1でのカウンセリングまがいのことを行うことは極めて危険です。精神分析では、いち早く患者の無意識や内面に手を突っ込まないといけないので、関係性が簡単に深まるような1対1の場面を設定して行いますが、その特殊な関係性が患者に害をなさないように、禁欲原則などの様々なルールを設けて工夫してきた歴史があります。

──どのように危険なのでしょうか。

斎藤:簡単に関係が深まりやすいので、依存関係が泥沼化してしまったり、本人のメンタルな問題を無意味に深堀りしてしまう可能性があります。時間の問題でハラスメントや口説きに転じてしまう可能性も高いでしょう。

──なぜ、そのようなことが起こりやすくなるのでしょうか。

斎藤:1対1・密室・上下関係という条件が揃うと、必然的に「転移」が起こってくるためです。「転移」とは精神分析の用語で、定義は、過去の対象関係が目の前に人物に再現されることです。たとえば1on1の部下が女性で上司が男性だったら、父親転移といって、上司に父親に対して抱いていたのと同じ感情を向けてしまい、、依存関係や擬似的恋愛感情が起こってしまうことです。反対に、上司が部下に対して愛情や嫌悪感を持つことを「逆転移」と言います。感情を伴った認識は相互性が伴う事が多いですから、転移と逆転移は両立しやすい。

精神分析の世界では、転移が起こることにより治療が可能になると言われてきましたが、私が研究している「オープンダイアローグ」の世界では転移が起こらなくても治療が可能だということがわかってきました。むしろ、転移が起こると共依存関係に陥るリスクが高まってしまうので、起こさないほうがいいのです。

実際、初期の精神分析では、その人工的な感情を悪用して患者と性的な関係を持ってしまう治療者が出てきてしまった。フロイトは非常に禁欲的な人だったのでそういった乱れた話はあまり聞きませんでしたけど、周辺にいた人々はその関係性、権力関係を利用して女性患者を喰いものにしてしまったという事実があります。そういうことが起こらないように指導者は注意するべきであると戒める意味からも、「転移」という概念が生まれたわけです。そういう事実を知らずに素朴に1on1のようなことをやっていると、問題が頻出してくるというのはありうる話だと思います。


後半では1on1を行う際の注意点、具体的な方法について聞いていきます。

斎藤 環(さいとう たまき)

・1961年岩手県生まれ。筑波大学医学研究科博士課程卒業。医学博士。爽風会佐々木病院精神科医長等を経て、現在、筑波大学社会精神保健学研究室教授。専門は思春期精神医学、病跡学。「社会的ひきこもり」の啓発活動を続ける一方、サブカルチャー方面への発言も多い。著書に『文脈病』(青土社)、『「ひきこもり」救出マニュアル』(PHP研究所)など多数。近著に『オープンダイアローグとは何か』(医学書院)、『オープンダイアローグがひらく精神医療』(日本評論社)、『中高年ひきこもり』 (幻冬舎新書)がある。

著者:斎藤環

オープンダイアローグがひらく精神医療

「開かれた対話」を通じて精神疾患にアプローチする。“一対一の面接”のもつ副作用と制約から精神医療を解放する新たな治療実践。

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