安定を重視したヤマハの戦略に一抹の寂しさ。2020年はロッシの動向にも注目/ノブ青木の知って得するMotoGP

 スズキで開発ライダーを務め、日本最大の二輪レースイベント、鈴鹿8時間耐久ロードレースにも参戦する青木宣篤が、世界最高峰のロードレースであるMotoGPをわかりやすくお届け。第27回はヤマハ・ファクトリーチームの体制発表、そして2021年以降の動向が注目されるバレンティーノ・ロッシについて語る。

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 ヤマハ・ファクトリーチームがいち早く2022年までのライダーラインアップを発表した。マーベリック・ビニャーレスは2020~22年、ファビオ・クアルタラロが21~22年ということだが……、早い! 早すぎる!!

 才能あるライダーをガッチリ押さえるという意味では、なりふり構わぬヤマハの戦略も分かる。ライダーとしても安心してレースに取り組めるというメリットがあるだろう。『ファクトリーチームで走る』ということは、ライダーにとって目標のひとつだからだ。が、もちろん双方ともにリスクがある。

 ヤマハ側が負うリスクは、ライダーが負傷やスランプなどによって調子を崩す可能性があることと、未来のマシンとの相性が必ずしもいいとは限らない、ということだ。もっとも、最近のテクニカルレギュレーション下ではマシンが劇的に変わることは見込めないから、メーカーをスイッチしない限り大ハズシはなさそう。YZR-M1をうまく乗りこなしているふたりだから、心配はない。

 ライダーが負うリスクは、マシンとの相性のほかに、将来の安定を手にすることで気が緩むかもしれない、という点だ。これはライダーの性格にもよるから何とも言えないが、ワタシは経験上、複数年契約より単年契約の方が頑張れた(笑)。常にケツに火が点いている状態の方がワタシには合っていたのだ。

「1年1年を全力で駆け抜け、その年のデキによって翌年の動向が決まる」という刹那的な感じがプロスポーツの醍醐味……ではあったけれど、今はメジャーリーグも10年越え契約の時代。終身雇用的な安心安定の体制を望むのが、イマドキのアスリートのあり方なのだろう。

 でもねぇ……。実力主義のプロスポーツに終身雇用はあり得ない。行き過ぎた安定志向はどうなのかなぁ、と思うところは正直ある。それに、「昔はよかった」とオッサン臭いことを言いたくはないけど、いちモータースポーツファンとしては、シーズンオフのお楽しみだった「あのライダーはどのチームに行くんだろうね?」というストーブリーグが懐かしくもなるのだ。

 他のいろんなスポーツと同じように、MotoGPもシーズン毎にライダーやチームの好不調の波がある。さらに道具を使うスポーツだけに、マシンの出来不出来も成績に大きく影響する。やはりワタシとしては、今シーズンの結果によって来シーズンの動向が決まっていくのが順当かなあ、と。ファン目線で見ても、今、目の前で起こっているレースの結果次第でそのライダーの将来が変わってくると思えば、ドキドキワクワク度合いが高まるというものだ。

 今のMotoGPは、開発者たちが「重箱の隅を針でつつくようなもの」というように、ほんの些細なことしか競い合うポイントがない。変えられる要素がかなり限られている中で、ライダーも『パーツ』としての重要度が増してきている。それは寂しいことのようである一方で、「どんなにいいバイクを作っても、やっぱりライダー次第だよね」と、ちょっと誇らしい気持ちもある。

 いずれにしても、MotoGPはマシンも大きく変わらず、ライダーの契約は早々に決まり、全体的に超安定期に入っているように感じる。良し悪しある話ではあるが、バイクのレースらしいワクワク感が損なわれなければいいな、と切に思う。

■2020年はヤマハのテストライダーとして活躍するホルヘ・ロレンソ

2019年シーズンで現役引退することを発表したホルヘ・ロレンソ

 そして、もうひとつの話題としてホルヘ・ロレンソがヤマハのテストライダーになった。これは素晴らしく機能すると思う。2019年シーズンまで現役バリバリのトップMotoGPライダーだったホルヘは、言うまでもなく速い(笑)。そして「速い」ということは、今のテストライダーにとってかなり重要だ。

 ヤマハはもちろん、各メーカーともライダーのコメントを非常に大切にしながらマシン開発を進める。その一方で、エンジニアたちはより実戦に近いデータもほしいのだ。特に近年はデータ解析技術が向上しているから、テストライダーがレーシングライダーと似たタイムで走れれば走れるほど、より精度の高いマシン作りが可能になる。

 さらにホルヘは非常に繊細で、ハンドリングはもちろん、エンジンのアクセラレーションやドライバビリティについても相当に細かくリクエストするはず。それが評価軸となることで、YZR-M1本来の良さが復活するんじゃないかと思う。

 そして、バレンティーノ・ロッシだ。彼は21年以降、ついにファクトリーチームのシートを失うことになる。ただ、20年中にその後の身の振り方を自ら決める、とのことで、「ライダーとしてはこんなシアワセなことはないよ」とコメントしていたが、いやはやその通りだと思う。

 だいたい、彼は今年で41歳ですよ! それであのポジションに居続けることができるのは、スゴイとしか言いようがない。ロッシは本当にただのバイク好き、レース好きだ。16歳の頃から彼を知っているけど、当時とな~んにも変わっていない。

■若手の台頭に対抗すべく今でも努力を続ける天才ロッシ

2019年MotoGP バレンティーノ・ロッシ

 あれほどのスターになりながら変わらずにピュアな心を持ち続けられるのもスゴイし、幼なじみでロッシの付き人をしているアレッシオ・サルッチ(通称ウーチョ)を始めまわりの人たちのサポートやコントロールも見事だったのだと思う。だからロッシは素のままでいられたのだ。

 ロッシにファンが多いのは、ピュアなレース好きということはもちろんだが、努力を怠らないところにもあると思う。言うまでもなく、ロッシは天才だ。若い頃は遊んでいてもレースに勝てた。でも年齢を重ね、若手が台頭し、ある時に「これじゃダメだ」と分かってからは、信じられないほどの努力を重ね続けている。

 ワタシらに見えているトレーニングなんて、ほんの一部。影では相当に頑張っているはずだ。年齢とともに体力も反射神経も衰えるものなのに、体にかかる負荷が年々増しているMotoGPマシンを乗りこなし、フォームを変え、ライディングを進化させ、トップを走り続けるなんてハンパない。

 当たらないことで有名なワタシの予想では、今シーズンのロッシは開幕戦から第3戦ぐらいまでの間に表彰台に立つのではないだろうか。例年、最初のオーバーシーズラウンド(ヨーロッパ以外でのレース)は好調だ。

 実力のある若いライダーがどんどん出てきているとはいえ、後ろの方を走るロッシは見たくない。彼自身もそんな自分は許せないはずだ。開幕からうまくダッシュを決めて表彰台争いをしてくれれば、ファンの応援にも今まで以上に熱が入り、「バレ、もっと行け!」となるだろう。そしてロッシ自身も「21年も続けようかな」という気持ちになるかもしれない。

 それはそれでカッコいい選択だとワタシは思う。天才が努力する姿は美しい。その美しさを、いつまでも見せてほしいのだ。

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