10年後に今の職業の大半はないかもしれない。そのとき活躍できるエンジニアを育てる「42 Tokyo」

子どもが「将来エンジニアになりたい」と言ったら、どうしますか?エンジニア養成機関の「42 (フォーティーツー)Tokyo」が、もしかしたらその答えになるかもしれません。事務局長の長谷川文二郎さんに話をうかがいます。

42 Tokyo パリ発のエンジニア養成機関

子どもが大人になるころには、今の職業はなくなっているかもしれない

私は金融機関向けのシステム開発に携わっています。先日社内の研修で、たまたま一緒になった20代の男性と研修後に立ち話をしていました。その男性は、都市銀行からエンジニアに転職してきました。転職理由を尋ねると、「銀行員に未来はないと思ったんですよね」と言います。

ひと昔前だったら、銀行はお給料も高く、将来性もあったので、都市銀行からエンジニアに転職することはあまり考えられない選択肢でした。彼は「AIの導入が進むと自分の仕事はなくなってしまうかも」とも考えたと言います。こらからの時代、子どもを偏差値の高い大学を入学させて、大手銀行に就職させるよりも、エンジニアにしたほうがいいのかもしれない。ただし、エンジニアという道も甘くはありません。以前に比べて、技術の変化のスピードが激しくなっているからです。変化に対応できるエンジニアになることが課題となります。

どんなエンジニアを目指すべきか。そのヒントになるかもしれないのが、2020年4月に開講する異色のエンジニア養成機関、「42 (フォーティーツー)Tokyo」です。「完全無料」でエンジニアの知識を学べるものとなっています。約30の企業が協賛し、運営は一般社団法人42 Tokyoが行っています。事務局長の長谷川文二郎さんに話をうかがいました。

先生がいない課題解決型の学習スタイル

──まず根本的なところからお聞きします。「42(フォーティーツー)」とはなんでしょうか。

長谷川42はフランス発祥のエンジニア養成機関です。その東京校が「42 Tokyo」になります。まず特徴としては、学費が完全に無料という点にあります。生徒からは一切お金をとりません。卒業後に職業の斡旋も行わないので、進路を強制されることもありません。また、学校が24時間365日いつでも開いていて、どんなペースで学んでもいいというのも特徴でしょう。自分のペースで学べるのです。

──なるほど。一方で学習のやり方が独特だと聞きしました。

長谷川42は、課題解決型学習のスタイルをとっています。そのためなにかを教えてくれる先生がいませんし、講義もありません。生徒には、プログラムの仕様書が書かれた課題が提供されます。

その課題にヒントなる内容は一切書かれていません。与えられた課題をどう実現すればいいか、自ら考えます。調べ方の手段は問いません。粘り強くインターネットで検索したり、他の生徒に聞いたりとあらゆる手段を使って、課題解決を目指すのです。

──先生がいない状態だと、どのようにして課題の答え合わせをするのでしょうか。

長谷川課題に対してコードを書いて提出すると、コンピューターで自動的に他の生徒がマッチングされます。そしてマッチングされた相手に、自分の課題とコードを見せる。「この課題に対して自分こういうふうに解いたよ」ということを、一行ずつレビューしてもらって検証する仕組みになっています。

──生徒同士でコードを評価するということでしょうか。

長谷川そうです。生徒同士でプログラムをレビューします。なので自分よりも習熟度の低い人が自分の評価相手になることもあります。その際は、相手の足りない知識を「教える」ことが必要になってきますね。

私自身もフランスの42で学んでいました。その中でこの「お互いに教える」という部分が、この教育の肝になっているではないかと思っています。「わかった」と思っていた内容でも、人に説明してみると理解していなかったことがわかるってことありますよね。教えることにより、内容がクリアに理解できるのです。

学齢・経験は一切不問、4週間続く入学試験

樹形図のようなカリキュラム。C言語の習得からはじめて、ネットワーク、機械学習などの周辺的な分野を学ぶ。

──なるほど、ここまで聞いていると、学校が目指すレベルがかなり高いのではと思いました。

長谷川カリキュラム自体がそこまで難しいと思ってはいません。それよりも、24時間、誰にも監視されない状態で学習を進められるか、そのことのほうが難しいと思います。自分なりの明確なモチベーションがないと続きません。

またどんなにエンジニアとして優秀な素質をもっていても、人とコミュニケーションすることが苦手だと42には合わないでしょう。そしてこれらの素養を測るために、「ピシン(Piscine)」というものがあるのです。

──ピシン?

長谷川「ピシン」はフランス語でスイミングプールの意味で、水をためたプールの中に受験者を放り込むというイメージから、42では入学試験のことを「ピシン」と呼んでいます。普通の入学試験は数日で終わると思いますが、ピシンは4週間続く。一発勝負ではなく、42の価値観や学習スタイルに適性があるかをじっくりと判断されるわけです。これは学歴や経験は不問で「誰でも平等に挑戦できる」という理念にもとづくものとなっています。18歳以上ならば、誰でも挑戦できますよ。

──かなりハードな試験に感じましたが……。

長谷川そうですね。かなり強いストレスにさらされるので、突破にはタフさが必要になります。42のコミュニケーションを大事にするスタイルに順応できるかどうかも、問われる試験となっています。相互に教え合う仕組みに馴染めずに去っていく人も一定数はいますね。

誰でも応募できるけど、熱いモチベーションをもって、なおかつピアツーピアの学び方ができる生徒だけが残るよう選別できるようになっています。

変化する社会の中で問題を解決できる人材

──そうなると、親として気になるのは、42を卒業して得られるものはなにか、ということなのですが。

長谷川コミットすればという前提なのですが、変化に対応できる「学び方」が身につくと思います。一つのプログラミング言語ができるということではなくて、時代が変化して、次の日から新しいプログラミング言語が出てきても、対応できる人材になれますね。常に変化する社会の中で、いかなる状況でも問題を解決できる人材として巣立っていけるのではないでしょうか。

フランスの42では50代の生徒も

──逆に、どういう人に入学してほしいとかはありますか。

長谷川実は入学する生徒のイメージは想定していません。禅問答になってしまうかもしれませんが、「42に合っている人」としか答えようがないのです。自ら意識をもって学び、周りとコミュニケーションできる、そんなイメージでしょうか。

ちなみにフランスでは年齢層もさまざまです。下は高校を卒業してすぐの18歳から、30代や40代、50代の生徒もけっこういますね。私も50代のメンバーとレビューしたことがあります。

──ここの卒業生はどのような進路を想定しているのでしょうか、

長谷川フランスの42では、エンジニアとして就職していく人も多いですが、コンサルティング・ファームや製造業に非エンジニアとして就職する人も多い。もちろん、シリコンバレーの有名企業に就職する人たちも少なからずいます。

学ぶ目的をもっていないと厳しい

──もし、42に自分の子どもが興味をもったときは、どのような準備をすればよいでしょう。

長谷川プログラミング言語を学習する必要はありません。ピシンを受験する時点ではプログラミング初学者でもかまいません。けれども「なぜ42に入りたいのか?」「42に入ってなにがしたいのか?」は明確にしたほうがいいかと。それが明確でないと、モチベーションが続かなくて、途中で心が折れてしまうのではないでしょうか。

──最後にお聞きしたいのですが、これからエンジニアを問わず生き抜いていくにはなにが必要だと思いますか。

長谷川結局学び続けることが必要だと思います。これだけインターネットが発達して、物理的な距離が意味をなくしている社会で、活躍できる人は「いち早く最新の情報を取りにいって、自分で学べる人」だと思うんですよね。

そういう人材を育てるために42を運営していきたいと思っています。フランスと同じように日本でもエンジニアの養成機関として、存在感を出していければいいなと。

長谷川さんにお話をおうかがいして、42は想像した以上に「タフな学校だ」と感じました。「口を開けていれば、誰かがていねいに教えてくれるだろう」というような甘えを一切ありません。自ら考え抜くタフさと周りとのコラボレーション力が求められます。そんな厳しさを要求される42だからこそ、本質的な「考える力」を身につけられるのではないでしょうか。エンジニアを目指す子どもたちの進学先として、おススメできるなと感じました。

42を卒業できれば、時代の変化に対応できるエンジニアになれることは間違いありません。日本を代表するエンジニアがここから生まれるのが今から楽しみです。

https://42tokyo.jp/

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