米アカデミー賞の前哨戦としても注目を集める映画賞「第77回ゴールデン・グローブ賞」の発表・授賞式が1月、ロサンゼルスで開催された。今年は「1917 命をかけた伝令」(サム・メンデス監督)が2冠に輝いた。そこで受賞作と同じくらい話題を集めたのが、授賞式の食事だった。初めての試みとしてビーガン向けの料理が提供されたのだ。ビーガンとは、肉のほか、卵や乳製品も口にしない菜食主義を意味する。健康志向の高まりや動物愛護の観点から、世界中で広がっている。米国でも大都市を中心に「ビーガン・ダイエット(ビーガン食)」と呼ばれる料理を好んで食べる人が多くなっている。(ニューヨーク在住ジャーナリスト、安部かすみ=共同通信特約)
▽小さな1歩に
ゴールデン・グローブ賞の授賞式で出されたメニューは次の通り。
前菜:ゴールデンビートの冷製スープ
メイン:エリンギで代用したホタテの貝柱
デザート:卵やバターなどを使わないスイーツ
飲料水もペットボトル入りではないものにするなど徹底していた。
賛同する声が上がる一方で「(環境に悪い)プライベートジェットを乗り回しているセレブに(環境に配慮した)ビーガン食とは…」と揶揄(やゆ)するテレビのコメンテーターもいた。
この発言について、賞を主催するハリウッド外国人映画記者協会(HFPA)は「環境問題への意識が高まり、気候変動という大きな問題の小さな1歩になればという思いで、このようなディナーにした」とコメントした。
▽新興企業が代替肉を次々に開発
意外に感じられるかもしれないが、食肉用の牛や豚などの畜産は地球温暖化の進行に大きく関わっている。飼育には大量の水を必要とし、飼料として与える穀物の生産に広大な土地を使う。食卓に上るまでには大がかりな輸送が必要で、トラックなどから二酸化炭素(CO2)が排出されるほか、牛や羊のげっぷにはCO2の20倍を超える強力な温室効果ガスのメタンが含まれているからだ。国連食糧農業機関(FAO)によると、人為起源の温室効果ガス排出量に占める畜産の割合は約7%という。
ニューヨークに住む筆者の周りを見渡すと、ビーガン食やベジタリアン(菜食主義者)食を支持しているのは1980年代以降に生まれたミレニアル世代が中心だ。彼らは健康志向や環境問題への意識が高いとされる。
どこでも買えるほど普及しているとはまだ言えないが、大豆やエンドウ豆など植物由来の食材を原料に肉の味や食感を再現した「代替肉」による料理のバラエティーは確実に増えている。
代替肉の普及には、製造を手がけている米国のビヨンド・ミートやインポッシブル・フーズといった新興企業に加え、いち早くメニューに取り入れたバーガーキングやカールスジュニアを始めとする大手ハンバーガーチェーンの功績が大きい。
代替肉はこれまで、ハンバーガーのビーフパティ(ひき肉を円盤状にしたもの)にしたものがメインだった。これも変わりつつある。インポッシブル・フーズは今年1月、新たに豚肉の代替肉を開発したと発表した。種類も、ソーセージやパティなど豊富だ。これをバーガーキングが採用し、メニューとして提供し始めた。
▽市場規模は2年後に6000億円超という試算も
最近、米国では「フレキシタリアン」という言葉を良く見聞きするようになった。「フレキシブル(柔軟な)」と「ベジタリアン」を組み合わせた造語だ。主に植物性の食品で生活するが、時には肉も食べる人のことを意味している。
筆者も、代替牛肉のパティが使われたハンバーガーや、代替ひき肉のタコスを食べたことがある。そのたびに、通常の肉と遜色ない食感と味に驚いてしまう。
ただし、価格は高い。供給体制が十分ではないからだ。通常の肉の3~4倍の値段で販売されているという調査結果もあるという。消費者がこの価格差をどう受け止めるかが、今後の市場の広がりを左右することになるだろう。さらなる普及には、価格の引き下げが必要だと指摘する研究者もいる。
「未来の食事」としても期待される代替肉。世界の人口増に伴って食肉消費量も増加が見込まれるだろう。加えて、食肉が今までのように供給されるかへの不安もあり、市場規模は2022年までに世界中で6000億円を超えるという試算もある。日本でも食肉最大手の日本ハムが、代替肉を使ったハムやソーセージ、ハンバーグなど5品を3月に発売すると発表した。
確かに課題は少なくない。それでも、代替肉への需要が高まるのは間違いないようだ。