徹夜覚悟の〝疲れタビ〟が日本一に! 「鉄道なにコレ!?」(第7回)

By 大塚 圭一郎(おおつか・けいいちろう)

北越急行の鍋立山トンネル=新潟県(北越急行提供)

 優れた鉄道旅行を表彰する2019年度の「鉄旅(てつたび)オブザイヤー」の授賞式が5日、鉄道博物館(さいたま市)で開かれた。最高賞のグランプリに輝いたのは、第三セクター北越急行(新潟県)の定期列車の運転終了後、深夜にトンネルを2キロ余り歩くツアーだ。午後11時40分に出発し、午前4時40分に戻るオールナイトの行程は徹夜覚悟の〝疲れタビ〟で、参加費は1人9千円と安くない。なぜ日本一の鉄道旅行の栄冠の輝いたのかを、高得点を付けた審査員の1人である筆者が裏話を含めて解説する。(共同通信=大塚圭一郎)

 ▽募集に対して5倍の希望者

 鉄旅オブザイヤーは、旅行業界でつくる鉄旅オブザイヤー実行委員会が主催。後援にはJR北海道、東日本、東海、西日本、四国、九州のJR旅客6社全てと、私鉄でつくる日本民営鉄道協会、日本旅行業協会といった鉄道・旅行業界の主要企業・団体が名前を連ねる「鉄道旅行のアカデミー賞」と呼ぶべき華やかさだ。

 9回目となった19年度は旅行会社から計85件の応募があった。実行委員会による一次審査を通過した最終候補から、鉄道に詳しい南田裕介ホリプロマネージャー、筆者ら計12人と1団体の外部審査員がグランプリを選出。企画力や独創性、乗車する列車や路線の魅力度などの項目を評価して旅行会社部門は60点満点、一般部門は50点満点でそれぞれ採点した。100枚を超える資料を読み込み、かなりの労力を投じているが、審査員の報酬は全くのゼロ、すなわち無報酬のボランティアなのだ(詳しくは「鉄道なにコレ!?」第2回「鉄道旅行賞の審査員のギャラは何と!」https://this.kiji.is/544340393971270753?c=39546741839462401)。

 19年度のグランプリの旅行商品は5時間のオールナイトで開催し、突貫工事にかり出される建設作業員のような強行軍だ。しかも参加料金は1人9千円で、鉄道愛好家以外からは「誰が参加するの!?」と首をかしげるかもしれない。

 しかし、ふたを開けるとツアーには40人の募集に対して5倍の希望者が集まって抽選となった。北越急行によると、参加者の8割が新潟県外からで、遠くは九州や鳥取県、大阪府からも訪れたという。

 ▽普段は見学できない“激レア体験”

 筆者は60点満点で56点と高く評価し、「電車が走らない夜間を活用して見学させる新たな『ナイトタイムエコノミー』の旅行商品を生み出したのが画期的です。赤字削減に向けて意欲的なツアーをこれからも輩出し、全国の愛好家が足を運ぶ魅力的な鉄道として一段と輝くことを願っています」とのコメントを寄せた。魅力的に映ったのは、普段ならば見学できない〝激レア体験〟を提供しているからだ。

 ツアーはJR上越線と接続する六日町駅(新潟県南魚沼市)を午後11時40分に出発する北越急行の電車に乗り、同県十日町市にある途中の美佐島駅から隣の赤倉トンネル内にある駅、しんざ駅まで長さ2・2キロの線路上を歩く。もちろん、線路上を歩行するのは普段の営業中ならば“御法度”のため、貴重な体験と言えよう。

北越急行の赤倉トンネル=新潟県(北越急行提供)

 続いてほくほく大島駅(同県上越市)までの3駅は電車に乗るが、時速5~10キロの〝超低速〟で走って時間をかけて探索する。目玉となるのは、まつだい駅(上越市)とほくほく大島駅の間にあり長さが9キロを超える「鍋立山トンネル」だ。

 同トンネルは着工から完成まで22年近く、約300億円もの建設費を投じた国内屈指の難工事として知られる。一筋縄ではいかなかった工事をうかがわせるのが、トンネルの断面だ。最高時速110キロで駆ける超快速「スノーラビット」に乗っていれば短時間で通過するため気が付きにくいが、超低速で走って解説も付くため区間によって卵形や馬蹄形などに分かれているのをじっくり見学できる。

 なお、北越急行は今回のツアーを含めて時間をかけて案内する旅行企画で運転する列車を、超低速「スノータートル」と命名している。これは運行速度が非常に遅く、超快速「スノーラビット」に用いたラビットことウサギの対義語でカメ、つまりタートルのようだからだ。

北越急行の車両HK100=2012年7月、新潟県湯沢町の越後湯沢駅で筆者撮影

 ▽「三セク鉄道の優等生」から転落で奮起

 鍋立山トンネルには、単線の北越急行でも超快速「スノーラビット」が高速運行できるように他の列車とのすれ違いや、通過待ちを可能にする待避線がある。そんな充実したインフラが物語るのが、「三セク鉄道の優等生」だった北越急行の過去の栄光だ。

 北越急行は1997年3月に開業すると、東京と富山や金沢の間を移動するのに上越新幹線と乗り継ぐアクセス線として重宝された。北越急行経由で主に越後湯沢駅(新潟県湯沢町)と金沢駅を結ぶ特急「はくたか」が快走し、2013年度は19億3820万円の黒字を計上。第三セクター鉄道等協議会に加盟している三セク鉄道のうち約8割の経常損益が慢性的な赤字に陥っている中で、北越急行は黒字を続けていた。

北越急行で走っていた特急「はくたか」で用いていたJR西日本の車両681系=2012年7月、新潟県湯沢町の越後湯沢駅で筆者撮影

 しかし、2015年3月に北陸新幹線が長野から金沢へ延伸すると利用者が流出。有料特急のはくたかは廃止されて赤字会社に転落し、2018年度の経常的なもうけを示す経常損益が5億2200万円の赤字に陥っている。

 そこで、赤字削減に向けて力を入れているのが観光客の呼び込みで、超低速「スノータートル」の運行といった企画を世に出してきた。今回のツアーも、線路を歩くために必要となる特製ヘルメットをもらえるのは鉄道ファンにとってたまらない。さらに地場特産品の南魚沼産コシヒカリのおにぎりを夜食として配り、〝疲れタビ〟に一服の安らぎを与える心遣いだ。沿線の冬の天候に厳しい経営環境をはね返す覚悟で、これからも意欲的なアイデアを繰り出して観光客を積極的に呼び込んでほしい。

【鉄旅オブザイヤー】東日本大震災で落ち込んだ旅行需要の回復を目指して2011年度に始まり、毎年実施されてきた。旅行会社がその年度の10月までに催行または開催を決めた国内の鉄道旅行を対象として応募を募り、グランプリや2位の準グランプリなどを選ぶ。JR旅客6社と地元自治体が開催する大型観光企画「デスティネーションキャンペーン」(DC)が翌年度に開かれる地域への旅行企画を一般消費者から募る一般部門も16年度に加わり、最優秀賞として「ベストアマチュア賞」を贈呈している。鉄旅オブザイヤーのホームページはhttps://www.tetsutabi-award.net/

※「鉄道なにコレ!?」とは:鉄道と旅行が好きで、鉄道コラム「汐留鉄道倶楽部」の執筆者でもある筆者が、鉄道に関して「なにコレ!?」と驚いた体験や、意外に思われそうな話題をご紹介する連載。2019年8月に始まりました。更新時期は不定期ですが、月に1回のペースを目指します。ぜひご愛読ください!

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