キャンディボイスの源流 ♡ 畑中葉子「もっと動いて」を、もっと聴いて! 1981年 2月5日 畑中葉子のシングル「もっと動いて」がリリースされた日

衝撃のにっかつロマンポルノ出演、「後から前から」に続くシングル

今回は、今から39年前の2月5日に発売された畑中葉子のシングル「もっと動いて」を取り上げたいと思います。

畑中葉子は、1959年4月21日東京都八丈島出身で、平尾昌晃歌謡教室でのオーディションを経て、1978年1月10日に、恩師・平尾昌晃とのデュエット曲「カナダからの手紙」がオリコン最高1位、累計70万枚を超えるセールスとなり、同年に4枚のデュエットシングルを発売し、年末には第29回 NHK紅白歌合戦に出場するほどの人気でした。

翌年1月25日、シングル「ロミオ&ジュリエット’79」でソロデビューするも、楽曲の方向性を迷走するスタッフとの衝突もあり急ぐように結婚。しかし、1年足らずで離婚し、もとの芸能界に戻ろうにも、世間からのバッシングも大きく、当時の事務所からは「脱ぐしかない」と追い詰められる事態に。しかし、渋々受けたにっかつロマンポルノ『愛の白昼夢』の映画出演が、78年の清純派路線とのギャップもあり、記録的な大ヒットとなりました。

その流れを受けて、1980年8月21日シングル「後から前から」で歌手としても復帰し、その「♪ 後から前からどうぞ」で始まる歌詞の絶大なインパクトもありオリコン最高69位(この数字も運命的なものだろうか)、TOP100 にも8週間ランクイン。近年に至るまで動画サイトや SNS 上でもコミカルに引用されることが多く、当時のベストテンヒットにも勝るとも劣らぬ知名度となっています。

この「後から前から」に続くシングルが、今回の「もっと動いて」なのですが、“2匹目のドジョウ” と思われたのか、オリコン TOP100 圏外となり、また実際、現在も「後から前から」ほど一般リスナーには浸透していません…。

シンガー・畑中葉子の魅力、ただのお色気歌謡ではない!

しかし、こちらも前作同様、作詞:荒木とよひさ(本作ではペンネーム「豊兵衛」を使用)、作曲:佐瀬寿一(同様に「芽蔵人」を使用)という多数のヒット曲を手がけてきた作家コンビの作品。タイトルからして大人の悪ノリにも取られがちですが(笑)、実は、こちらの「もっと動いて」の方が、単に “お色気歌謡” とは片付けられないシンガー・畑中葉子の魅力が溢れているのです。この歌唱における魅力は、他のアダルト兼業で “歌っちゃいました” という方々とは一線を画すのではと私は考えます!! 以下、曲に合わせて解説させて下さい。

まず、シンセサイザーやストリングスが成す繊細な音色から、大胆なエレキギターへと繋がるイントロからして、美しさから妖しさに変貌する女性をイメージさせます。ギターのフレーズは、田原俊彦の前年ヒット「哀愁でいと」(1980年6月21日発売)級に印象的です。

 つめたいシャワーはやめて 愛が冷える
 ちいさな灯を消して 夢がさめる

 気取った台詞より 激しい恋で
 体中あつく燃えて 灰になってもいいの

“シャワー” や “灯” で夜の世界を匂わせながら、対句表現を用いたAメロ。次に、「♪ 激しい恋で体中あつく燃えて」と、次に訪れる歓喜を迎えるかのように、準備するBメロ。畑中の歌声も、Aメロではやや冷ややかで、Bメロの「♪ 灰になってもいいの~」で、その世界に誘うように声をカールさせます。

松田聖子の先駆け? キャンディボイスにも通ずる歌唱

そして、なんといってもサビのフレーズと歌声。

 だからもっと動いて
 もっともっと もっともっと
 だからもっと動いて
 もっともっと もっともっと
 ああ 夢の中 夢の中

“だから” の “だ” と “から” の間に “あっ…” という吐息が漏れるように絶妙なスキマを設けつつも、次に四連呼される “もっと” の響きを各々 “もっと!” “もっと!!” “もっと…” “もっと……” と、あたかも “動く前” と “動いた後” を印象づけるように歌い分ける超絶的な歌唱テクニック。これがあるからこそ、この歌がコミックソングを超越して、究極のラブソングに昇華しているのだと思います。

畑中葉子の歌唱には、この “!” の感情が入る部分で声をカールさせ、“…” の感情が入る部分で声を吐息交じりにする部分が随所に散りばめられていて、これは天賦の才能ではないかと私個人は考えています。特に、声をカールさせる部分は、78年の歌手デビュー時から多用しており、80年デビューの松田聖子のキャンディボイスにも通じるものがあるので、聖子ファンの方にも一度 “気取った先入観を脱ぎ捨てて” じっくり聴いていただければ嬉しいです。

今だからこそ聴きたい! ファーストアルバム「白昼夢」

ちなみに、「後から前から」や「もっと動いて」を収録したファーストソロアルバム『白昼夢』(1981年5月21日発売)は、LPチャートでは TOP100 圏外でしたが、カセットチャートではオリコン最高86位、TOP100 に2週ランクインしています。これは、80年代半ばに流行したセクシー女優によるお色気カセットの需要を、早期から掘り起こした可能性もありそうです。

畑中葉子は、2014年に、本作を含むビクター時代の全音源を収録した『後から前からBOX』を発売し、ディスクユニオンでの週間チャート1位を獲得。その後、2016年に33年ぶりとなるオリジナルアルバム『GET BACK YOKO!!』と非常階段とのコラボアルバム『畑中階段』を発売、さらに2018年にはデビュー40周年アルバム『ラブ・レター・フロム・ヨーコ』(森口博子、タブレット純がゲストボーカルで参加)を発売するなど、実は50代になってから快進撃を続けています。勿論、元祖キャンディボイスも吐息ミックスボイスも健在!(2020年2月14日~22日、三重県・長島温泉の歌謡ショウに出演とのこと。こちらも要チェックです!)

音楽配信や動画のストリーミングサービスにより、幅広いジャンルや時代の音楽が自由に聴けるようになった時代。そんな今だからこそ、この「もっと動いて」を聴いてみてください。

もっと! もっと!! もっと… もっと……。

カタリベ: 臼井孝

© Reminder LLC