病院でプラネタリウム「すべての人に星空を」 星つむぎの村・高橋真理子さん

 「サン、ニー、イチ、ゼロ! さぁ、目を開けよう」。2019年11月、甲府市にある病院のホールの天井に映し出されたのは、この日の甲府市の夜空だ。「天井の向こう側にあっても、星は必ずあなたの上にある。星を見た経験があなたの糧になる」。高橋真理子さん(49)が届けるのは満天の星と、そして生きる希望だ。(共同通信=松田薫子)

甲府市の貢川訪問看護ステーションで開催されたプラネタリウムの上映会=2019年11月(星つむぎの村提供)

 ▽「一緒に星を見よう」

 高橋さんが共同代表を務める山梨県北杜市の一般社団法人「星つむぎの村」は、治療で外出が難しい患者や、重度の障害がある人向けに院内でのプラネタリウムを上映している。これまで全国約240の病院で上映した。

 国立病院機構甲府病院の重症心身障害病棟。高橋さんは上映会の1時間前から準備を始める。カーテンを閉めて暗幕で隙間の光をふさぎ、床には参加者が寝転がれるよう厚手のマットを敷く。

 床の中央に特注の投影機を設置すると、点滴や呼吸器を付け、車いすやベッドに寝たままの患者が、病院のスタッフに連れられ集まってきた。

 「こんにちは、今日は一緒に星を見ようね」。上映会の前に、参加者に声を掛ける。視線を合わせ、手を握る。誕生日と星座を尋ね、上映会で解説するようにしている。「みんなに誕生日があり、特別な存在であることを伝えたい」

 この日は患者や病院スタッフなど約20人が集まった。暗くなった天井を見上げ、息をひそめる。無数の星が現れると、「わぁ」と歓声が上がった。星々が変化するたびに声が上がり、星をつかむように手が上がる。

 療育保育士の藤巻靖子さん(45)は「会話は難しくても、声を発したり、体の力を抜いたり、心地よく感じているのが分かった」と話す。

 1回約20分間の上映は星座の説明から始まる。「宇宙旅行」と題し、星座や天の川銀河、惑星などの宇宙の起源を解説。「みんな同じ地球に住んでいる」。高橋さんが必ず伝える言葉だ。

星つむぎの村の高橋真理子さん=1月28日、甲府市

 ▽院内学級で上映、反響大きく

 高橋さんは、さいたま県鴻巣市出身。アラスカで活動した写真家の故星野道夫さんの影響でオーロラに興味を抱き、大学時代の5年間、研究に没頭した。大学院修了後は「社会と科学を結ぶ仕事がしたい」と山梨県立科学館に就職した。

 科学館では、視覚障害のある男性との出会いをきっかけに、目が見えない人や耳が聞こえない人向けなど、多くのプラネタリウム番組を手掛けた。「プラネタリウムに来られない人たちに星を届けたい」。2011年ごろから、家庭用の投影機を片手に山梨県内の院内学級で上映を始めた。「こんなにニーズがあると思わなかった」と驚くほど、反響は大きかった。

 年に数回だった上映依頼は年々増え「ライフワークになると確信した」と高橋さん。科学館を退職後、2016年にボランティアとともに「星つむぎの村」を設立した。

 全国での活動を支えるのは「村人」と呼ばれる約130人のボランティアだ。星つむぎの村の職員は高橋さんのほか男性1人のみ。山梨県内の上映会は2人でこなすが、県外での上映会は開催地に住む村人がサポートする。

 村人は、医療関係者や患者の家族、上映会を見て活動に共感した人など。参加理由はさまざま。甲府市での上映会を手伝う市内に住む50代の男性は「少しでも力になれればと思って参加した」と話した。

自宅の天井に映し出された惑星を見上げる香河正真さん=甲府市、1月8日(家族提供)

 ▽フライングプラネタリウム

 在宅での医療ケアサービスを行う貢川訪問看護ステーション(甲府市)で19年11月に開かれた上映会には、患者や家族、看護師約40人が参加した。6歳の長男一翔(かずま)さんが車いすで生活する大見光(おおみ・ひかる)さんはほほえんだ。「一緒に星を見たのは初めて。声を上げて喜ぶ笑顔がうれしかった」

 19年からは新しい取り組みも始めた。パソコンの画面などにプラネタリウムを映し、高橋さんの甲府市の自宅から実況解説する「フライングプラネタリウム」だ。患者の自宅や病室など狭い空間でも上映することができる。

 先天性の難病で在宅看護を受ける8歳の香河正真(かがわ・しょうま)さん=甲府市=と、自宅でプラネタリウムを楽しんだ母尚子さん(44)は「ふだん見せない表情をみることができた。親にも新たな発見があった」と喜んだ。

 高橋さんは話す。「星は生きることへの希望や勇気を与える。患者や家族だけではなく、日常的に生死に携わる医療現場で上映してこそ、果たせる役割は大きい」

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