「所属しない」が自分らしい。フリーランサー・Kotetsu Nakazatoが思う令和的ライフスタイル

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地方の美術大学を2年で中退し東京へ。アルバイトを転々とした後、Nakazato Kotetsu(以下:Kotetsu)がフリーランスとしてのキャリアをスタートさせたのは22歳の時。多くの日本人が大学卒業と同時に企業へ入社、組織の一員として新たなスタートを切る年齢であるが、彼は「所属しない」生き方を選んだ。話を聞いていくと社会が作り上げた「当たり前」の生き方に対して、強い疑念を抱いていることを感じた。
これまでの社会通念に囚われることのないHAPPYな「令和」を作り上げていくためには? 自由、そして物事に対して「自分であることの必要性」を問い続け、フリーランスとして活動をするKotetsuのバックグラウンドをお届けします。

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中学校では暴力的ないじめ、高校では初めて好きな男子の先輩ができた…自由で自分らしい生き方を求めるKotetsuの学生時代は?

――まずはKotetsuさんのバックグラウンドを知る上で学生時代のころから聞いていきたいのだけど、どんな学生生活を送ってきた?

小学生の時は、男子グループの中でリーダー的な立ち位置にいて。僕がやりたいと言ったことはみんなでやって、やりたくないと言ったらやらずに別にやりたいことを探す、なんていう自分が中心で世界が回っている生活の中にいました。かといって威張り散らしてるかといったらそうでもなくて。当時は丸坊主で何の気なくスカートを穿いて「私、シンデレラ~!」と校庭を走り回って皆を笑わせる側にもいたし、男女関係なく仲の良い友達がいました。ただ、そんな生活も小学生まで。別の学区の子達との生活がスタートする中学校で大きく環境が変わりました。

僕のことを中学校に入って知った人からすると、女の子と自然に仲良く話ができることに嫉妬する男子がいて、特定のターゲットとしてイジメられるようになりました。その時は何となく自分の性的指向が他の人とは違うことは分かっていたけど、男の子をそういう意味で好きになったことが無かったから、いじめられていることをセクシュアリティのせいにはしなかった。僕もいじめる側にいたことがあるから「ああ、僕の番もまわってきたな」と。

特に中学校2年の時は一番辛かったかも。廊下で飛び蹴りされるなんてことはあったし、気づいたら屋上にいたこともありました。かといって友達がいなかったわけじゃなくて、小学生の時からの友達はずっと友達でいてくれたのでここから飛び降りて死んだら絶対悲しむなと思い、踏みとどまりました。自分が必要とされてると思って死ぬのをやめたなんて、自己肯定感高いですよね(笑)。

――自己肯定感が強いというより、メンタルが強くて感心してしまった。「普通じゃない」と判断されると矢面に立たされて強い者の標的になる、中学校という狭いコミュニティで残念ながらよくあることだよね。自身がLGBTと心の中で整理がついたのは中学を卒業してから?

そうですね。それから高校生になって好きな男子の先輩ができて、今まで女の子と付き合ったこともあるけど恋愛感情としての好きではなかったことに気づきました。仲の良い女の子に「男の子が好きかも」と話したら「知ってた(笑)」と予想外の答えが返ってきて。

隠さず話せることも多くなって、以後の大学生活が楽しくなった。それからLGBTsへの関心が強くなって、動画制作してYouTubeにアップするなんていう活動もするようになりましたね。

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美術大学に進学するも中退して再び東京へ。コールセンターのホモソーシャルな風土、憧れの雑誌編集部では責任の所在の曖昧さに困惑…。

――高校を卒業してから入学した地方の美術大学は2年で中退。東京に戻ってきて何をしていたの?

とにかくお金が必要だったので、とりあえずコールセンターでのアルバイトを始めたんですが、初日に行われた社員の前での挨拶がもう無理すぎて。女子は好きなタイプ、男子は好きな体位を交えて自己紹介しろだなんて言われたんです。今時そんな会社あるんだと思いつつ、異性愛者ではないことを公言するのも危険だと思い「経験が無い」と言い、その場を免れました。ただ初日がそういう雰囲気だったので、その後も毎日のように下の話ばかり。ホモソーシャルが強く、ストレートと思われているばかりに嘘を重ねなければいけない環境と自分に嫌気がさして辞めました。

――その後はLGBTの特集も組む雑誌編集部で、アシスタントエディターとして働くことになったそうだけど、きっかけは?

中学校から雑誌編集者への憧れは何となく持っていたんですが、高校生の時に読んでいた雑誌がたまたまLGBTカップルのことを特集していて。自分自身と関連深いトピックスを扱った雑誌を制作できるチャンスかもと思って、応募しました。

前にいたコールセンターみたいに人間関係で面倒くさくなることを避けたかったので、面接の時にカミングアウトしました。正直、どんな反応が返ってくるか、驚かれるのか楽しみにしていた部分はあったんだけど「ふ~ん」みたいな感じで流されました(笑)。

――普段からLGBT当事者と接する機会が多く、当たり前に世の中にいると人と認知してる人が多かったからかもね。仕事内容や社内の雰囲気はどうだった?

雰囲気は今まで働いてきた場所で一番良かったし、LGBTについてのページ制作では意見を求められることが多かった。それについては全然嫌じゃなくて、むしろ色々聞いてくれてありがとうって感じだったかも。ただやりたいことが出来たかと聞かれたらNOかな。僕は編集がしたかったのだけど、フタを開けてみたら街頭取材ばかり。

社員である編集者が企画したページの素材を集めるのがメインの仕事。僕からしたら「その企画はさすがにNGでしょ…!」みたいなものも、街に出て取材をしなくちゃいけない。取材された人からすると、僕が企画したと思う方も少なくないはず。自分が心から良いと思える企画じゃないのに、その企画を立案したのが僕かのように思われるのは嫌だった。責任の所在も定かではなかったし、そんなこともあって去年の10月からフリーとして活動するようになりました。

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何でもかんでも引き受けたら属しているのと一緒。僕がやりたいと思った社会的価値のある仕事に挑戦し続けたい

――ネガティブな感情だけじゃなく、ポジティブな感情もあってのフリーランス転向だと思うのだけど、踏み切った理由をもう少し教えてくれる?

「僕らしい生き方って何だろう」って考えた時にどこにも所属しない、社会の枠組みの中でカテゴライズされない生き方ができたら、それが一番自分らしいんじゃないかなと思って。「株式会社○○、××部の△△」みたいな組織の一員というフィルターを通してみられるのがやっぱり苦手で。

職業が名前の先に来るような、例えばKotetsu Nakazatoがカメラマンとして撮影したもの、KotetsuNakazatoがライターとして書いたものみたいな感じで功績も責任も全て自分にあるようにしたい。そう思ってフリーランスと言う生き方を選びました。

――フリーとなると案件の取捨選択がとっても大事になってくる。フリーとして活動するうえで譲れないものって?

僕じゃなくてもできるなと思ったものは引き受けていないかも。フリーだといって何でもかんでも引き受けていたら組織に属しているのと一緒。例えば写真の仕事ならカタログや物撮りなんかは、僕じゃなくても良い案件に含まれるかも。ただ、その商品に社会的価値があるようなら別ですが、商業としての面が強いものに関しては受けてません。

――それじゃ、カメラマンとして今はポートレートがメイン?ポートレートにこだわる理由は?

そうなりますね。フリーとして活動するまでに本格的にポートレートを撮ったことはなかったけど、現在はインタビュアーに同行して撮影することをメインにして活動しています。きっと人が好きで、人と関わりたいとどこかで思ってるから、このスタンスになっているのかも。人や企業、プロジェクトに詰まった思いや考えを100パーセント文字だけで伝えるのは難しいですよね。

僕が撮った写真で少しでも100パーセントに近い、温度感も伝えられるコンテンツを発信するお手伝いが出来ればという思いでシャッターを切っています。

――話をちょっとだけ巻き戻すね。「○○をやっているKotesu Nakazato」のような職業や肩書先行のカテゴライズが嫌と言っていたように一昨年、自身がオーガナイズしたカルチャーミックスイベント「Spicy Jam」の展示の一環としてZINE「ダンセーカイホ―」をディレクション・制作した経緯を教えてくれる?

元々は音楽やファッション、写真といったカルチャーをミックスさせたイベント「Spicy Jam」をバンド仲間や当時イギリスから来ていた友人らとオーガナイズすることで完結する予定だったんですが、せっかくなら自分でも制作物を残したいなとなって。「男性に男らしさを求める社会」への問題提起をテーマに「ダンセーカイホー」を個人で制作しました。

誌面では「男らしさ」、例えば「会社で働きキャリアアップを目指さなくてはいけない」とか「筋トレをして筋骨隆々でないといけない」とか。そういった男性に対するステレオタイプな考えや捉え方で苦しむ男性をビジュアルで表現しました。「当たり前」だと思っていたことが時に人を苦しめるという気づきを与えられればという思いを込めたコンセプチュアルな一冊になっています。

様々なイベントやメディアの取材を受ける度に「ダンセーカイホー」の話になるのですが、完成してから一年半たった今でも読者に共感、そして気づきを与えるコンテンツになっているし、この一冊が僕を色々なところへ導いてくれています。僕が働き方という面で重きを置いている「社会的に価値のあるもの」そのものになっているのも嬉しいですね。

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働き方をもっと自由に選べる時代に。Kotetsuが令和に願うことは?

――去年、平成が幕を閉じ新しい時代がスタートしたけど、令和がLGBTにとってもHAPPYな時代になっていくには?

年号が変わるとかに対しては正直全く興味が無いですが…日本でいえばLGBTフレンドリーな取り組みを行うアライな企業が増えているし、アジアという大きな枠でみても台湾が同性婚を認めるなど僕達を取り巻く環境が大きく変わってきているのは事実だし良いことだと思う。ただ、そこに中身が伴わなくちゃ意味がない。

台湾の同性婚に関しては、人権問題として多くの人が真剣に取り組んだ結果だと思う。日本はもう少し人権問題として真剣に取り組むべきなんじゃないかな。制度だけ定めて、はい終わりじゃなくて制度が定められた組織に属する一人ひとりが自分事として考える時間や機会をもっと大切にしていけたらいいですよね。

――働く環境という面では?

理想と言われると難しいな。強いて言えばフリーランスや副業・兼業をしている人たちがもっと働きやすい環境が整えられることを願っています。日本でフリーランスと言うとどうしても企業に勤めている人と比べられて「ちゃんとしていない」イメージが先行しがち。そういった中で例え案件を受注したとしても、発注する側の多くの企業がフリーで活動している人たちをコスト面で見る場合が多い気がします。「安くて当たり前」といった質を劣後する環境下にあるので、フリーランス一本でいくのは難しい。

一方でイギリスの友人に話を聞くと、ほぼ真逆。一概には言えないのだけど、会社に所属しているフォトグラファーやライターに支払われる金額よりもフリーランスへのクリエイターの報酬が高い傾向にあるのだそう。質の高いクリエイターの母数を増やすという支援の意味もあるんだと耳にしました。イギリスのフリーランスへの価値観が日本でも認知・拡大すればクリエイターの母数も質も上がりより皆が自分らしく生きれるのではと思っています。僕もたまたまカメラが出来るので今はカメラマンとしての活動をメインとしているけど、ゆくゆくはイベントのディレクションにWebデザイン、アートディレクターなんかもチャレンジてみたい。そういうチャレンジがしやすい環境が整備されたら幸せですよね。

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Name:Kotetsu Nakazato/age:23
sexual:non-binary
Instagram@kotetsunakazato

Text & Photo:Takashi Haga(newTOKYO)