熊鈴って効果あるの?と専門家に聞いてわかった登山者がすべき本当のクマ対策 できれば山では出会いたくないクマ。今回はクマに関して、「熊鈴は効果があるの?」と言った素朴な疑問やその他YAMA HACK読者からいただいたクマに関する質問を、ヒグマに詳しい知床財団の方に聞いてみました。その中で教えてもらった、登山者がすべきクマ対策とは一体なんなのでしょうか?

できれば登山中に出遭いたくない、クマ

鳥や虫など、さまざまな生き物を目にすることも登山の楽しみのひとつ。ですが、中にはあまり出遭いたくない動物も。

その中でも特に遭遇を避けたい動物が、クマではないでしょうか?

(左:ツキノワグマ、右:ヒグマ)

日本には、本州や四国に生息している「ツキノワグマ」と北海道に生息している「ヒグマ」がおり、どちらも雑食性で植物を好んで食べます。

ニュースなどで報道されるため頻繁に出遭うように感じるかも知れませんが、基本的にクマは人との接触を避けて暮らしているため、実際に見かけることは多くありません。

時に危険を及ぼす場合も

登山者がクマに襲われた事件で有名なのが、1970年に北海道カムイエクウチカウシ山で起きた事件。ヒグマに襲われた福岡大学ワンダーフォーゲル部のメンバー5名のうち3名が命を落とした、登山者にとっては他人事と思えないできごとです。

熊鈴って本当に意味があるの?

クマに襲われないようにするには、出遭わないことが大切。その対策として有名なのが”熊鈴”です。鈴の音で自分の存在を周囲に知らせることで、クマとの遭遇を回避しようとするものですが、インターネット上にはこの鈴の音で位置を知らせることが逆に危険だという意見も。

そこで今回は、ヒグマに詳しい公益財団法人 知床財団の葛西さんに熊鈴の効果やYAMA HACK読者からの熊に関する疑問に答えてもらいました。

クマ対策で大切なことって?

知床財団はヒグマの生態調査や管理活動を行なうと同時に、人間とヒグマの棲み分けをして共生できるように活動を行なっています。そのため、ヒグマの生態に関しても知見が豊富。まずは、読者からの質問で最も多かった熊鈴の効果について聞いてみました。
※今回、回答いただいたのはヒグマに関しての情報であり、必ずしもツキノワグマにも一致するものではありません。

熊鈴の効果はアリ。だけど・・・

編集部 大迫

熊鈴って、効果あるんですか?

葛西さん

効果はあります。ヒグマは一般的に、人の存在に気づくと人を避けることのほうが多いです。そのため、鈴を鳴らすことにより人の存在をヒグマに知らせ、近距離でばったり出遭うのを防ぐことができます

ラジオでも大きな声でも、鈴の代替になります。

編集部 大迫

おぉ~。正直、半信半疑だったので少し安心しました。

葛西さん

でも、鈴の音を聞いても逃げない場合もあります

編集部 大迫

えっ!そんな状況があるんですか?

葛西さん

はい。餌付けや食べ物の不法投棄により、人がおいしい食べ物を持っていると学習していまったヒグマが、鈴の音を聞いて近寄ってくることは十分に考えられます。なので、地元自治体などが出しているヒグマ出没情報を気にする必要があるんです。

例えば、知床では「知床のひぐま」というHPで情報発信をしています。クマとのトラブル防止には、少しでもクマの性質を理解することが有効です。

トラブル回避には、適切な距離を保つこと

編集部 大迫

そもそも普段は人を避けているヒグマが人と出遭うのは、どうしてなんですか?

葛西さん

人の存在を知らせずに移動していたら、バッタリ遭遇してしまった。これが最も多いパターンです。

それから、登山者の食料のゴミや観光客が餌を与えたりすることで、本来ヒグマが避ける場所に餌を求めて来るようになるんです。

編集部 大迫

人間の行為が、トラブルのきっかけを作っているんですね。

葛西さん

はい。ヒグマが人を襲うのは、基本的に何か(食料、子供、自分自身)を守ろうとして突発的に攻撃する場合です。

ヒグマに関わらず、動物は学習します。なので、食べ物などで悪い学習をさせないことが、結果的に登山者とヒグマとの距離を正常に保つために重要です。

編集部 大迫

適切な距離を保てるように、人間も気をつけないといけないですね。

葛西さん

そうですね。あと他に人を襲うことがあるとすれば、人を餌だと学習してしまった極めて悪い習性を持つヒグマです。このヒグマには特に要注意。

間接的に人がヒグマを殺している?

(画像は狩りのイメージです)

編集部 大迫

人を襲ったヒグマって、どうなるんですか?

葛西さん

残念ながら、駆除することになってしまいます。

編集部 大迫

関わり方を間違えることで、ヒグマを殺してしまっているんですね・・・

葛西さん

その他にも、私たち知床財団は「ヒグマにいて欲しくない」と考える場所、たとえば道路沿いや遊歩道の中、住宅裏の斜面などにヒグマが現われた場合は、原則として(個体識別用画像の撮影後に)追い払いを実施。

ヒグマにその場所から移動してもらっています。

編集部 大迫

それはどうしてですか?

葛西さん

ヒグマが人間との無害な出会い(人間がすぐ近くにいてもただ見るだけ、写真を撮るだけで、ヒグマがまったく怖い思いをしないような状況)を繰り返し経験することで、「人間から逃げる必要はない」と学習してしまわないように「人馴れ 」を防ぐことが目的です。

編集部 大迫

ヒグマと人間の過度の接触は、お互いにとって良いことがないんですね。

万が一、ヒグマに出遭った時はどうしたらいいの?

ヒグマ対策には、ヒグマに遭遇しないようにするのが一番。その中でも、絶対に人為的な食べ物を与えないことが特に重要です。

ここからは、YAMA HACK読者からの質問でも多かった「クマと出遭った時」の対応について聞いてみました。

《Q1:自分の通りたい道にクマがいたら?》

編集部 大迫

出遭わないことが一番ということはわかりました。でも、いざ自分が通りたい道にクマが出た時はどうするのが良いですか?

葛西さん

まずは、とにかく落ち着くこと。生き物であるヒグマは「AだからBになる」というようなパターンに必ずしも当てはまりません。これからお伝えする方法は、あくまでも選択肢です。それを理解した上で、状況に合わせて判断してください。

(参考:知床財団)

編集部 大迫

読者からの質問の中に「石を投げている人を見かけた人がいるのですが」とあったんですが、それって危険ですよね?

葛西さん

石を投げるのは賢明な選択ではありません。こちらに向かってきたら対処できますか?余計な刺激を与えないことが賢明な選択です。

Q2:万が一クマが向かってきた時はどうすれば?

葛西さん

クマが現れたら、向かってきた時に備えてクマ撃退スプレーの噴射準備をしましょう。とはいっても、多くの場合は威嚇行動(人の目の前まで走ってきて急に止まり地面を叩く、怒っているアピール、おどしなど)なのでやはり落ち着くことが大事です。

編集部 大迫

クマ撃退スプレーは効果がある、ということですか?

葛西さん

はい。なので、携帯することをおすすめします。

攻撃突進の時は、3~4mまで迫ったら噴射しましょう。知床財団では、元祖クマスプレー(カウンターアソールト)を使用。実際にヒグマに対して噴射し、難を逃れたケースもあります。

葛西さん

ただし、危険物なので、取り扱いには十分注意してください。安全ピンの戻し忘れや外れには特に注意が必要です。

編集部 大迫

では、スプレーを持っていない場合は?

葛西さん

スプレーを持っていない場合、とるべき選択肢は2つ。ひとつは、攻撃突進を受けたらうつ伏せになって、顔と腹部を守り、首の後は手を回して防御姿勢をとること。この場合、転がされてもその勢いで元の姿勢に戻ることが大切です。背中のザックがプロテクターにもなります。

(うつ伏せになって顔、腹部を隠す。手は首の後ろに回す)

葛西さん

もうひとつの方法は、ナタやナイフを手にとって戦う方法です。こういう時には絶対にこうすればいい、という正解はありません。生き物であるヒグマが相手なので、どんな対応をとればいいのかはケースバイケースです。

編集部 大迫

正直、突然出遭って冷静に対処できる自信は正直ありません。ヒグマと出遭わないようにすることがいかに大事か、ということが身にしみます。

Q3:登山者が気をつけることは?

葛西さん

クマの生息地でテントの中に食料やゴミを保管することは、自殺行為に等しいと私は考えています。

知床連山の野営地には、食料やゴミを保管するためのフードロッカーが整備されています。全国の登山道野営地にも、同様の整備が必要になってくると思いますよ。

編集部 大迫

今まで通りの考えを見直す必要があるかもしれませんね。

葛西さん

そうですね。クマの生息地は拡大傾向です。昔はこうだったという経験則は通用しません。

編集部 大迫

まず食べ残しを捨てることは絶対にNG。それだけでなく、匂いのするものは匂いが出にくいように、ジップロックのような密封性の高い袋に入れることも心がけたいですね。

葛西さん

人の食べ物は栄養価が高く、ヒグマにとって魅力的な食べ物です。一度その味を覚えてしまうとヒグマは味をしめ、再びそれを得ようと行動を変化させます。

編集部 大迫

人の生活圏や活動圏に、ヒグマを引き寄せないことが大切ですね。

葛西さん

人の食べ物の味を覚えたヒグマは人前に平気で出てくるようになり、人の生活圏に近づくようになるので極めて危険です。

そのため人為的食物を食べた個体は問題個体(※)とされ、知床では基本的に「捕獲(捕殺)」が選ぶべき対応方針になります。

※問題個体:人につきまとったり、または人を攻撃したりして人間に実害を与える個体のこと。

お互い出遭ってびっくりしないように、小さなことに気をつけよう

自然の中がフィールドとなる登山。そこには当然、たくさんの生き物が生活しています。お互い不用意な接触はできるだけさけて穏便に過ごしたいと考えるのであれば、食べ物のゴミをきちんと処分したり、食べ物の匂いをさせない工夫などできる限りのことに気をつけましょう。
登山者が自分の身を守るために大切なのは、クマの性質そのものを理解することです。

取材協力:公益財団法人 知床財団

環境教育や普及啓発、野生生物の保護管理・調査研究、森づくりなどを行い、世界自然遺産である知床の自然を「知り・守り・伝える」活動を実施している。

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