「厳しく教える時代は終わった」転換期迎えるスポーツ指導の現場<卓球・原田隆雅#1>

写真:原田隆雅(礼武卓球道場)/撮影:ラリーズ編集部

今、日本のスポーツ指導の現場は大きな転換期を迎えている。

竹刀片手に大声で喝を入れる所謂「スポーツ熱血指導」や根性論は、今や“時代錯誤”“パワハラ”と揶揄され、競技者にもその親にも敬遠されるようになってきた。

そんな状況に正面から向き合うのが原田隆雅氏(39)だ。東京都・江戸川区で礼武卓球道場を経営する同氏は昨夏も計8人(小学、中学、高校生)の教え子を卓球の全国大会に導いた名指導者で、外部コーチとして都内の私立中高の部活指導にもあたっている。

取材の冒頭、原田氏は開口一番、満面の笑みでこう言い放った。

厳しく教えるの、やめました!

約10年に渡って“演じ”続けてきた熱血指導者の仮面を捨て、ここ数ヶ月で教え子たちとの向き合い方を大きく変えたという。今、スポーツ指導の現場で何が起きているのか?同氏にお話を伺った。

鬼監督、卒業のワケ

写真:卓球を楽しむ生徒たち(礼武卓球道場)/撮影:ラリーズ編集部

ラリーズ編集部として約1年半ぶりに訪れた葛西の人気卓球場は、ガラリと雰囲気が変わっていた。

足を踏み入れた瞬間から思わず背筋が凍るピリピリした空気、名物だった原田氏の怒声とその余韻が生み出す独特の緊張感は、今は見る影も無い。

以前は顔を強張らせながら黙々と白球を追いかけていた生徒たちは、ラリー中に時折笑顔を浮かべたり、プレーを止めて生徒同士がフォームを教え合うなど、前回の取材時には見られなかった自然体の子供らしさを見せていた。

原田氏は10年に渡って貫いてきた怖い「熱血監督」像、指導方針を最近になって大きく変えたのだという。

「僕も子供の頃や学生時代に、怒鳴られながらも愛のある指導を受けてきた。だから当たり前のようにこの10年間、指導者として同じようにしてきたし、周りの同世代の指導者たちもそういうタイプが多い。」

そんな原田氏だが、指導歴10年の節目の年に自らを振り返った時、葛藤をしながら指導を続けてきた自分に気づいたのだという。

「実は(過去の指導では)無理をしていた部分はある。全然フレンドリーな人格なのに、あの空気出すのは結構しんどい(笑)。でも、それをやってきたよね」。

自分を殺してまでも怖い監督を演じてきたのには明確な理由がある。

子供たちのためだと思ってたから。でも今の方が自然体で子供たちと接しているかな。本来子供は言うことを聞かないもの、それを無理矢理言うことを聞かせようとしてたわけだからそっちの方が不自然だったのかなと」。

なぜ高校で部活をやめるのか?

写真:礼武卓球道場/撮影:ラリーズ編集部

そんな原田氏の指導法を変えるきっかけになった出来事があるという。

卓球をやめてしまう子が多いこと。特に高校生。本来卓球は上達を楽しんで一生続けられるのが魅力なのに。。。理由を聞くと部活の先輩が怖いとか先生が厳しいとか。そういう声が意外と多い。ある程度の理不尽さや厳しさに耐えられるメンタルの強さも大事だけど、時代に合ってない。流行らないし、ダサい。こんなやり方してたらダメだなって気づいた」と指導法も時代に合わせた進化が必要だと悟ったという。

確かに統計上も中学で卓球部に入っていた生徒の半分以上が高校では卓球部に入らない決断をしている。自分の意思で選択を出来る年齢になった途端に、卓球から離れる選択をする人が多いのはあまりにも悲しい。
※参考:日本卓球協会(平成30年度)世代別登録人口=中学生178,318人、高校生76,969人

「今、日本に起こる問題の多くが縦社会、上下関係を当たり前としてきたことが原因になっている」と前置きしたうえで、同氏は新しい指導法について語ってくれた。

プレイヤーズセンタードという考え方ですね。今までは指導者が主体で子供についてこさせようとしていた。逆に一人一人が持っている良いところや、楽しいと思っている気持ちを引き出すように変えたのがつい最近のこと」。指導者ありきではなく“プレイヤーを中心に”という考え方は、日本体育協会の公認コーチの中でも推奨されメソッド化されつつある。原田氏もコーチ資格取得の際の講習で「プレイヤーズセンタード」という考えに出会い、感銘を受けたという。

規律が無くなっても大丈夫?

ただ、これまでの規律重視の指導法は、スポーツマンとしての基礎を叩き込むには良かったという見方も出来る。武道のように礼節を重んじてきた原田氏は「もちろん挨拶をするとか、礼儀やチームワークをスポーツを通じて覚えていくのは必要。でも軍隊式のルールや規律で縛るという考え方ではなく、自然体で自主的に楽しくというのが大事」とあくまでこれまでの良い部分はベースとして残したうえでの進化を目指す。

それでも規律を弱め、自由度を上げると、選手がサボったりしないのだろうか?

「実際にガラッとやり方を変えて、急に監督が恐く無くなったので気が緩んで遅刻が増えたりするかなと思ったけど、そんな心配はいらなかった」。どうやら杞憂に終わったようだ。

「ルールも完全に無くすわけではない。もちろん基礎を覚える段階では手とり足取り教える。その後が重要で一定のレベルになった後も適切なルールが無いとグシャグシャになってしまう。ルールを与えて、その中で創意工夫することが最適」。

少々イメージが沸きにくいので具体例を挙げて欲しいとお願いすると「以前だったら『フォアはこうやるんだよ、やってみなさい』と教えていた。今は『フォアドライブってどうやってやるんですか?』と生徒から聞かれるようになった」と課題を自分で設定することに重きを置いていることが見て取れる。

「最近では複数のグループを作って自分の苦手なことや課題を感じていることを各自が発言する時間を設けている。また別の時間には得意なこと、伸びたことを発言させる。その後、得意と苦手をマッチングさせて、『得意なら教えてみよう』と言うとイキイキして教える。そして教えてみてダメだった時にはコーチ陣に声がかかる。逆にそこまでは口を出したくなっても我慢。本当は言いたくなってしまうんだけどね(笑)」と返ってきた。

写真:原田隆雅(礼武卓球道場)/撮影:ラリーズ編集部

とその時、指導中のコーチがいつもの癖で打ち方に口を出しすぎると「コーチ!何も言わんでいいよ!自分らでやらして!」と昔のままの鬼監督が姿を表す。

まだ完全には変わりきれていないようだ。でもそれも原田氏らしい。そして練習後の全員での掃除とビシッとした挨拶は変わっていない。良いものは残し、変えるべきものを変えているのだ。

時代に適応するために

いつの時代も、時代に対応した者だけが生き残る。企業もアスリートもそして指導者もそうなのだ。原田氏は常に進化し続けようともがき続ける。

Amazonが出てきて、買い物の仕方が変わった。インターネットやスマホで働き方、生き方が急速に変わっていて時代の流れが速い。卓球の指導者も変わっていかないと時代に追いていかれてしまう。それだと卓球が廃れてしまう。自分で考えて自分で上達して一生楽しむ。卓球をそうしたい」。

そう語る原田氏にはもう一つ危機感を抱いていることがあるという。(後編に続く)

取材・文:川嶋弘文(ラリーズ編集長)

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