歴史と出会う「ゴールデンカムイ」の〝聖地〟巡礼 漫画ファン、楽しみ尽くす新境地

 東京都内在住の医師林爽子(さわこ)さん(26)は2018年秋、人気漫画「ゴールデンカムイ」のコピーを片手に北海道を旅していた。作中のシーンと見比べながら同じアングルで登場人物が住んだ建物を眺め、博物館展示の中に登場人物のモデルの影を探し、アイヌ民族の伝統的な住居「チセ」でアイヌ料理に感謝をささげる。明治期から昭和期の古地図を手に、作中の町の面影を夢中で追いかける。作品や登場人物ゆかりの土地を訪れる〝聖地〟巡礼はいつしか、林さんを歴史や文化との出会いへといざなっていた。(共同通信=團奏帆)

制作した「聖地巡礼マップ」を前にインタビューに答える林爽子さん

 「明後日から北海道に行きます」。林さんが家族に告げたのは、約4カ月後に医師国家試験を控えた医学部生時代。家族は驚いた。が、林さんの決意は固い。約半年をかけ、訪れる先や経路、時間配分に至るまで綿密に立てた末の念願の旅行だった。

 「1本電車を逃したらその日の計画が台無しになるほど、詰め込みました。行きたいところがたくさんあって」。下調べの間にも、作品への熱は高まり続けていた。

 ゴールデンカムイにハマったきっかけは、林さんの漫画の好みをよく知る友人のすすめ。読み始めてすぐ、引き込まれた。登場人物がそれぞれ、生まれや性的嗜好(しこう)、劣等感と向き合ってひた向きに生きている。

 彼らの生き方を尊重した描き方で心躍る物語を紡ぐ〝野田先生〟を応援したい―。まず週刊誌で読む。単行本も普段用、保存用、外出用で必ず3冊以上、電子版も買う。あっという間に熱狂的なファンになった。

 何度読んでも新しい発見があり、作り込まれた世界観に魅せられた。なんでこんなにもおもしろいんだろう。もっと深く理解したい、味わい尽くしたい。そんな思いで、舞台となった場所や歴史、モデルの人物を調べ始め、聖地巡礼に行き着いた。

 巡礼は興奮の連続。自宅に帰ってもなお冷めない熱は「聖地巡礼マップ」の作成にぶつけることにした。下調べした内容に加え、訪れた先での気付き、ワンポイントアドバイス。撮影した写真の数々。「読者仲間と興奮を共有したい」。マップを見て、巡礼する人が増えたら良い。数週間かけ完成させたフルカラーのリーフレットには、博物館となっている網走監獄など約30カ所を載せた。漫画ファンが集まるイベントで配ると、マップを持って聖地巡礼したといううれしい報告が寄せられた。

林爽子さんが制作した北海道の「聖地巡礼マップ」(本人提供)

 物語は進み、作品の舞台は極寒の樺太へ。「雪があるうちに、行かなきゃ」。国家試験に合格した林さんは昨年3月、「お祝い」と称しサハリンへ飛んだ。とはいえ、下調べしようにも北海道と違って日本語ではほとんど情報は得られない。ほぼ体当たりで決行した巡礼の成果は「樺太版」としてフルカラーの小冊子にまとめあげた。自身が下調べに苦労したことを踏まえ、旅の助けになるような簡単なロシア語の単語集や交通手段の情報も書き込んだ。

 林さんの関心は次第に、歴史や文化を知ること自体へと広がっていた。中高生のころ苦手だった歴史が、大好きな作品を通して見れば想像力をかきたてる物語の連続に変身した。宗教観から、アイヌにも興味を持った。「日用品に至るまで全てに魂があり、敬意を払うという考え方って、おもしろい」

 訪れた博物館や出会った人々の話、文献から、アイヌが受けてきた過酷な仕打ちや差別も知った。松前藩相手に蜂起し、和睦の場で首長がだまし討ちされたシャクシャイン戦争。日本語を強制され、失われつつある言葉。漁労や狩猟を禁じられて陥った窮状。驚くほど暗い歴史がそこには広がっていた。

 作品を読み返せば、架空の冒険活劇とはいえ、衣装や風習、時代背景を徹底的に調べ、おろそかにしていないのが伝わってきた。調べてから読むことでふに落ちる描写があった。改めてすごさを思い知った。

 巡礼ではアイヌの人々との出会いもあった。「どう接すれば、尊重し共生することにつながるだろう」。人気が広がれば、よりたくさんの人がアイヌに触れる。彼らの誇りを踏みつけるようなことはしたくない。実際に出会い、人々の優しさに触れたから。そして、ゴールデンカムイの描写に感銘を受けたひとりだから。

 「知ることが理解につながり、理解は共に生きていくことにつながるはず」。ため続けている資料をとじたファイルは日々分厚さを増している。林さんは、敬意を胸に、今後もゴールデンカムイを読み、調べ続けるつもりだ。

 ▽一口メモ

 聖地巡礼 小説や漫画、アニメなどの熱狂的なファンが、作品の舞台となった場所や登場人物ゆかりの土地を「聖地」と呼び訪れること。宗教上、重要な意味を持つ聖地に赴く行為になぞらえて表現した言葉。背景描写から場所を探し当てたり、登場人物に対する想像を膨らませたりすることや、作品の世界観への没入感を目的とするファンが多い。

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