時価総額400億超のオリガミをタダ同然で買収、メルカリは本当にトクしたのか

1月23日、QRコード決済の老舗であるOrigamiが、フリマアプリ大手のメルカリの傘下に入ることがわかりました。

for Startups,inc.が昨年12月に公表した情報によれば、Origamiは国内スタートアップの推定時価総額ランキングのうち16位にランクインし、その額は417億円にもなっていました。出資者によるOrigamiの価値は、スタートアップ界隈で例えれば「FiNCより下、ウェルスナビより上」という位置付けだったようです。

しかし、この時価総額ランキング発表からわずか1ヵ月半後、Origamiはメルカリに“タダ同然”で買収されることになるのです。買収額はメディアによってゼロ円であったり、数百万円であったりとバラツキがあるものの、とても低い値段である点ではおおむね一致しています。

つい最近まで400億円以上の時価総額があったOrigamiを、なぜメルカリは“タダ同然”で買収できたのでしょうか。


自動車業界を例に考える時価総額

この疑問をひも解くには、まず時価総額という概念について理解しておかなければなりません。

確かにOrigamiの時価総額は400億円で評価されていますが、これは将来生み出すと仮定した利益から導き出した値付け。つまり、Origamiを買ってすぐに解散すれば、手元に400億円の資産が残るというわけではないのです。

株式市場でも、売り上げや利益のおぼつかない新興企業が、老舗の大手企業を抜く場面も増えてきました。足元では、電気自動車の草分けであるテスラが自動車業界の時価総額で世界2位になるなど、トヨタ自動車を猛追する動きをみせています。

しかし、実際の販売台数はトヨタが1,074万と、テスラの36万と比較して雲泥の差となっています。他方、トヨタの販売台数の伸びが前期比1.4%であるのに対し、テスラは2019年に同50%以上の伸びを記録しています。つまり、テスラの投資家は今の販売台数ではなく、将来の販売台数を期待して株を買っているということになるのです。

時価総額という“まやかし”

上場企業に対する投資家の期待度はPBR(株価純資産倍率)という指標で確認することができます。会社が今解散した時に株主に分配される資産の倍率を示した指標であるため、「解散価値」とも呼ばれます。

この値が1であれば、時価総額と会社の純資産が釣り合っている状態です。1を超えると、会社が解散した時に手元に残る資産は目減りします。トヨタのPBRは2月10日時点で1.06倍であるため、時価総額とほとんど同じ程度の資産が手元に残る計算になります。

一方で、同日のテスラのPBRは26.23倍でした。仮に今日テスラが解散したとすれば、時価総額の約11兆円のうち、およそ3.8%、4,180億円程度しか残らない計算になります。

このように「時価総額」には、資産により裏付けられた時価総額と、成長性に裏付けられた時価総額といった具合に、さまざまあるものなのです。

オリガミの「417億円」という時価総額も、テスラと同様、成長性に裏付けられたものと考えられます。仮に今日解散するとなれば、手元にほとんど何も残らないか、マイナスになってしまう状況だったのではないか、と筆者は推測します。

これが、Origamiについていた417億円もの時価総額が、わずか2ヵ月で吹き飛んだカラクリです。このように考えると、メルカリがタダで買収したのは400億円の会社ではなく、成長性が剥落したことで本質的な企業価値がゼロかマイナスとなった会社だった、という見方もできます。

企業買収は“負の遺産も買う”こと

意外に思われる方もいるかと思いますが、たとえ売り上げがたくさんある企業であってもタダ同然で買収される例は珍しくありません。たとえば、債務超過に陥っていたり、赤字が解消される見込みが薄かったりするような経営危機に瀕する会社は、タダ同然で買収されやすい。むしろ、タダでも高い場合すらあるのです。

印象的な例は、RIZAPグループの収益悪化の原因にもなった「経営不振企業のM&A」でしょう。

同社は、赤字が継続していたスポーツ用品店のB&Dを1円で買収するなど、経営が不調な企業をタダ同然で買収することで利益を上げるビジネスモデルを推進していました。しかし、経営の改善を順調に進めることができず、2019年3月期決算では大幅な赤字に陥ってしまいました。

このように、買収後の利益改善やコストカットがうまくいかなければ、買収された会社の赤字が買収した会社にそのまま乗ってくることになります。それだけでなく、買収した会社は原則として、買収された会社の借金を肩代わりしなければなりません。借金が1億円ある会社を1円で買収してしまうと、1億円の返済義務がくっついてきてしまいます。

このように、実態のある企業がタダ同然で買われるということは、実質的には、企業価値がマイナスで、本来であれば買収される側がお金を払って買ってもらう状態になっている、といっても過言ではありません。

オリガミの赤字は倍々で増加

では、Origamiの業績はどのようになっているでしょうか。2012年に設立した同社は、競争が激化する2018年より前からQR決済サービスを推進してきましたが、体力のあるPayPayなどのライバルとの競争激化で疲弊がみえていました。

2016年12月期には6億8,900万円だった営業赤字が、2017年12月期には13億0,600万円、2018年12月期には25億4,400万円と、赤字の幅は年を追うごとに倍々となっていました。

Origamiの登記簿情報によれば、2012年から2019年までの7年間で101億円程度の資金を外部から調達したとみられます。しかし、2016年から2018年までのわずか3年間で、同社は調達資金の半分近い45億3,900万円もの営業赤字を出しています。

そうすると、2019年12月期も多額の赤字を計上している可能性が高く、Origamiの手元に向こう数年の事業を継続するだけの純資産が残っていることは考えづらく、経営破綻となった可能性が十分に考えられます。したがって、メルカリの買収額がタダ同然であったとしても、うなずけます。

メルカリはどう処遇する?

ただでさえ、足元の2020年6月期の第1四半期(2019年7~9月期)で70億円の赤字となったメルカリが、Origami買収によってさらに苦しくなる可能性は否定できません。そこでメルカリは、Origamiの強みであるユーザー基盤と、地方の信用金庫とのリレーションを早急にメルペイへ移行させると同時に、Origami側の人員を大幅に整理するでしょう。

メルカリが描くOrigamiとの協業イメージ

Origamiの赤字のほとんどは、広告費と人件費によるものと推測されます。同社が債務超過に陥っていなければ、コストの蛇口を締めるだけで、少なくともメルカリ本体に飛び火する可能性は低くなります。

つまりメルカリは、迅速なサービスの統合とOrigami従業員のリストラを推し進めていくことで、多くのユーザーをタダ同然で獲得する戦略なのではないか、と考えられます。

しかし、そもそもQR決済は成長過程にあり、どの会社も赤字体質です。そうすると、メルペイのユーザー増加は、短期的には依然として収益押し下げの要因になりかねません。そのため、今回の買収はメルカリの株価を大きく押し上げることにはつながらなさそうです。

<文:Finatextグループ 1級ファイナンシャル・プランニング技能士 古田拓也>

© 株式会社マネーフォワード